塩素の中和(カルキ抜き)を考える
2019/04/16
皆さんが水槽の飼育水を交換される場合、通常は水道水を使われると思います。ご存じのように、蛇口から出てきた水道水には殺菌のため一定量以上の塩素が残っていなければならないということが法律で義務づけられています。これを残留塩素と呼びます。残留塩素は最低でも0.1ppm以上の濃度を維持しなければならないとされています。それは塩素を投入する浄水場から最も離れた蛇口での話です。水道管を通過する過程で塩素も消耗しますから、浄水場の近所ではその数倍あると思って間違いはありません。ところが残留塩素の規定には上限が設けられていません。目標値としては1ppm以下らしいのですが、2ppmでも3ppmでも過剰な分については違法ではないのです。従ってその濃度によっては私たち人間はもとより大切な飼育生物にも害を及ぼし、場合によっては殺してしまうことすらあるのです。
そこでこの残留塩素の弊害を取り除く作業が求められることになります。
これを「塩素を中和する」とか「カルキを抜く」という表現で表します。
また塩素は飼育生物の排泄物などと反応してクロラミンという有毒物質を生成することがありますので、それを防ぐためにも塩素の濃度を下げる意味があるのです。
最も簡単な方法は「市販の中和剤」を規定量添加することですが、立派なボトルに入った中和剤もそこそこの値段がしますので、我々貧乏人がもっと安上がりに済ませるには「ハイポ」という薬品を使うケースが大部分となります。ハイポとは正式名 チオ硫酸ナトリウム と呼ばれるもので、化学式では
Na2S2・5H2O
で表します。式の後ろについている 5H2O は水和物という意味で、結晶の中に水を含んでいることを表しています。
ちなみにハイポの結晶は覚醒剤にそっくりです。安物のシャブはハイポで水増しをしてあります。どうしてそんなことを知っているかって?いやいや私はその筋の人間ではありませんよ。博学なだけですよ。ホント。
ハイポを投入した水槽の中で起きる化学反応は
Na2S2O3・5H2O+4HClO → 2NaCl+2H2SO4+2HCl+4H2O
で表されます。
化学式の右側に H2SO4(硫酸)やHCl(塩酸)の記載が見受けられます。これらの酸は生物にとって必ずしも好もしいものではありませんが、中和される塩素の量は濃くてもせいぜい1ppm前後といった微量ですので、適正量を用いる限り有毒物質として作用することはありません。
ところが逆にハイポを入れすぎると、成分であるS(イオウ)が遊離して硫黄臭が出たり、酸欠になったり、水が白濁することがあります。そのような状態では飼育生物の命も脅かされますので、入れすぎにはくれぐれも注意をして下さい。
ハイポは決して水を良くする薬などではありません。念のため多めに入れておけば大丈夫だろうと考えるのは大変な間違いです。
皆さんがハイポを用いて塩素を中和される場合、ハイポの使用量が多すぎる傾向にあることを知っておいてください。ここでは水道水何リットルに対してどの位のハイポを入れれば良いのかを探ってみましょう。
ハイポの使用量については諸説ありますが、ハイポを主成分として作られている市販の中和剤の場合、中和不足とならず、かつ入れすぎを防ぐ安全性も考えて、最少限度の使用量の数倍の投入量を推奨しているように見受けられます。水道水の残留塩素量が0.1ppm~1ppmと10倍以上の差が予想されますので、塩素が濃い状態でも十分に中和しきれるように多めに入れるのは致し方のないことだと思います。また10倍程度であれば入れすぎのトラブルは起こりません。皆さんが入れすぎる場合は1000倍とか10000倍といったとてつもない量を入れてしまうようです。市販の中和剤の使用量は安全性を確保するためにかなり濃いめですが、それでも決して危険な量ではないのです。
自家製の中和剤の作り方
計算式を書くと私も皆さんも頭が痛くなりますから、かいつまんで説明します。
正確な計算をすると、残留塩素1ppmの水10ℓを中和するのに必要なハイポの量は約12mgとなります。たてまえとして 厚生労働省の水道水質基準では残留塩素の目標値は1ppm以下となっていますが、浄水場からの距離や季節変動によって濃くなったり薄くなったりしています。東京水道局の検査では都内のおよその平均値は0.4ppmぐらいだそうです。
まあおおざっぱに言って10ℓの水道水を中和するには大体10mgのハイポがあれば良いことになります。たとえば100mlの水に1g(1000mg)のハイポを溶かせばその濃度は10mg/mlとなるので、その溶液1ml(cc)で10ℓの水道水を中和できることになるのです。
あらかじめ内容量がわかる適当な容器を用意します。プッシュポンプや秤量器の付いたものが便利です。容量は50ccから500cc程度のものが使いやすいでしょう。
まず容器の容量の1/100の重さのハイポを容器に入れます。
100ccであれば1g、500ccであれば5gです。
あとは水道水で容器を満たし、放置しておけばハイポ水溶液のできあがりです。
この溶液には1ml当たり0.01gすなわち10mgのハイポが溶けていることになります。
使い方は簡単です。水道水10リットルに対してこの水溶液を1ml(cc)入れます。これで中和完了です。残留塩素の量は普通だろうと思われる地域の方はこれで十分です。
うちは浄水場に近いからとか、夏場でちょっと塩素の匂いが強く感じられる場合などは、この倍の量を入れていただければほパーフェクトな中和ができます。
たとえ2倍3倍入れたとしても、おそらく皆さんがこれまで使ってきたハイポの量に比べれば極めて少ない量だと思いますので、安全性は保証します。
ハイポは今では100均でも買うことができます。1袋(100g)買えばあなたの一生分の中和剤が作れます。
他の中和剤
皆さんは一番風呂の危険性というものをご存じでしょうか?新しい沸かし立ての湯船の中にはまだ塩素が大量に残っており、そこに最初に入った人の皮膚細胞の多くが塩素によって殺されるという衝撃的な事実があります。塩素は40℃やそこらに加熱しても、水から追い出すことはできません。まだ誰も入っていないきれいな湯船の中には垢や雑菌がない代わりに、水道水の中の残留塩素がほぼそのまま残っているのです。
塩素の殺菌メカニズムは有機物を酸化することで発揮されます。私たちが入浴するときには衣類を脱いでスッポンポンで入るわけですが、それはすなわち有機物の固まりとして塩素のまっただ中に飛び込むことになるわけで、塩素の攻撃はもっぱら体表の皮膚細胞に集中することになります。ご家庭のお風呂に最初に入るのは、その家の家長とも言えるご主人(お父さん)だと思います。お父さんは日夜塩素の攻撃に対して我が身を呈して家族を守っているのです。
お風呂の塩素を中和するには、先ほど作った自家製中和剤でも十分事足ります。家庭用のお風呂の湯量は大体200リットル前後ですから、中和剤を20ml程入れていただけばOKです。
私は金魚じゃないんだから、もっと気の利いたものは無いのとお考えのお姉さん。あなたにだけ耳寄りな情報をそっと教えてあげます。
日頃から美白に興味を持って、日夜奮励努力をされている貴女ならきっとご存じでしょう。例のアレを使うんですよ。そう、それはビタミンC、別名アスコルビン酸とも呼ばれます。
ハイポなんてダサい薬より、ビタミンCの方が何ともすてきな響きですよね。
なんだか美肌効果も期待できそう!!
ビタミンC が塩素を中和する化学式は次のようになります。
C6H8O6 + NaClO → C6H6O6 + H2O + NaCl
還元型ビタミンC+次亜塩素酸ナトリウム → 酸化型ビタミンC+水+塩化ナトリウム
ちなみに次亜塩素酸ナトリウム NaClO はその化学式の綴りから ナクロ と呼ばれることがあります。以下文字数を節約してナクロで通します。ナクロは水中でHClO+NaOHとなってHClO(次亜塩素酸)が殺菌作用を示します。
水族館のイルカのプールなどには透明度を維持したり殺菌のためなどにナクロが大量に投入されています。イルカはえら呼吸をしませんから、魚のように塩素で死ぬことはないのですが、もしかしたら目が痛いと言ってるかも知れません。水族館にはナクロを満載したタンクローリーが定期的にやってきて、貯蔵タンクに移す作業を行っています。
残留塩素が1ppmの濃度で残っているさら湯の場合、200リットルの湯船の中には200mgの残留塩素が含まれていることになります。
還元型ビタミンCはナクロのおよそ2.4倍の大きさです。
ナクロを1つ中和するのにビタミンCが1つ消費されるので、すべてを中和するにはナクロの2.4倍のビタミンCが必要になります。つまり200mgのナクロを中和するには、その2.4倍、およそ480mg(約0.5g)のビタミンCが必要ということです。
ということは、なんと!たったの0.5gのビタミンCがあれば、風呂桶一杯分200ℓのさら湯(水道水)を中和できてしまうんです。
たかだか耳かき数杯分のビタミンCで、我が家のお風呂の平穏は保たれるのです。
もう一つの塩素対策
これまではハイポやビタミンCで中和させてしまう方法をご紹介しました。
こんどは化学反応としての中和でなく、物理的に吸着させてしまう方法をご紹介します。
一般家庭の蛇口に取り付ける浄水器というものがあります。それらのほとんどには活性炭が使われています。活性炭の吸着力によって塩素を吸収してしまうのです。水槽に用いる原水を浄水器を通過させれば良いだけですので、極めて簡便な方法です。ただし、浄水器の生命線である活性炭入りのカートリッジは未来永劫使えるものではなく、おのずと限界というものがあります。すなわち活性炭の吸着力もやがて飽和という事態を迎えますので、その時点で全く吸着力を失うのです。一般のご家庭では、活性炭のカートリッジを浄水器の処理水量によって交換されていると思いますが、それを数値として把握出来るのは高級な機種になります。通常浄水器を主に使っておられるのはご家庭の奥様方で、皆さんはごく希にしかそれを使うことがありません。活性炭に吸着力が残っているかどうかは、残留塩素の試薬を用いれば簡単に分かることなのですが、試薬を常備されているケースはあまりないと思いますので、「多分、まだ効いているはず」との思い込みで皆さんは使うことになるのです。水換えのたびにカートリッジを交換するような不経済なことは奥様が許さないはずですので、もしかすると、塩素が残ったままの水道水を水槽に用いている可能性を否定することはできないのです。
できれば、100%の吸着力で塩素を取り除きたいものです。そこで安価で確実な方法をご紹介します。それは「貝化石」を用いる方法です。貝化石は山中などから掘り出された、まさに「貝の化石」を粉末にしたものです。貝化石は採掘された直後は大きな固まりなのですが、機械で粉砕して粉末状にします。農業用の資材や家畜の餌などとして用いられることが多いのですが、近年は水質浄化や養殖魚の健康増進剤などとしても用途が広がり、その粉砕状況もミクロン単位のものまで作られるようになっています。園芸店などで見かける土壌改良用のものは、あまり細かくないので5kg袋で500円前後で買えますが、ミクロン単位の微粉末には目が飛び出るような高値が付けられています。粉砕するためのコストが結構掛かるんでしょうね。細かければ細かいほど用途も増え、商品としての付加価値と価格は上昇しますので、どの程度のメッシュのものを用いるかは、導入される状況や目的によって判断してください。目の粗いものも細かいものも塩素の吸着という物理的な効果は高く、短時間のうちに塩素は検出されなくなります。ただし、細かいものはすみやかに溶けてしまい沈殿物が出ませんが、粗いものはどうしても沈殿が気になります。一方、飼育水への様々なミネラル成分や微量元素の供給も合わせて行なわれることになりますので、飼育生物にとっては単なる水換えではなく、様々な成分補給という意味で高価なサプリメントを買わずに済む経済効果の部分も期待できる方法かと思います。主成分は炭酸カルシウムですから、KH(炭酸塩硬度)もGH(総硬度)も上昇することを知って置いてください。