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バクテリアについて考える

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2023/10/20

私たちは水槽で何を飼っているのか?

これを知る者は、好む者にしかず。これを好む者は、楽しむ者にしかず。

菌類の生い立ちと現状

地球の歴史の中で菌類が現れたのは今から36億年前とされています。そしてそれは地球上に現れた最初の生命体でもありました。

菌類は様々な進化を遂げながら地球上のあらゆる場所に棲み着いています。陸上はもちろん、1万メートルの水深の深海にも、地上はるか上空の成層圏にも、マイナス74℃の南極にも、113℃もある海底火山の噴火口にも、海水の7倍も濃い塩分濃度25%の塩湖の中にもそれぞれの過酷な環境を生き抜いてきた菌類がいます。

またその数たるや私たちの想像をはるかに超えた量の生息が確認されています。

あなたが大きく深呼吸をしたとたんに、あなたの肺の中には1万から10万匹もの菌が吸い込まれます。最新の解析技術の進歩によると、あなたが毎日排泄するウンコの中には1g当たり何と1兆匹、約500種類もの腸内細菌と呼ばれる菌がいることがわかりました。

そして私たちの体重の内、約1.5kgは腸内細菌の重量であることも解明されています。

私たちの身の回りには、まさに天文学的な数の菌が棲み着いていることがお分かりいただけるかと思います。

また私たちの体表には「常在菌」と呼ばれる様々な菌類が棲み着いており、これらはいわば私たちの体表のバリアーのような存在で、人体に害を及ぼすことなく外部からの菌の侵入を防いでいます。

昨今抗菌グッズがもてはやされ、人間はきたない環境では生きていけないかのような一種の「すりこみ」が日々コマーシャルとして流されていますが、これは大変な間違いで、私たちは菌とうまく付き合うことで今日の繁栄を得たのだと言うことを忘れてはなりません。

菌の世界は早い者勝ち、そして排他的

菌の世界では圧倒的に先住者が強いことになっています。

変な言い回しですが、すでに菌が生息してコロニーを作っている空間に別の菌が後から入って行くのは大変な困難を伴います。先住菌のコロニーでは菌体外多糖類や繊維組織が作り出され、やがて自分たちを守るテントのようなバイオフィルムが形成されます。バイオフィルムは消毒薬や抗生物質までをも跳ね返す強固なものである場合もあります。

先着競争に後れを取った菌が、先住菌のコロニーに侵入するのは殆ど不可能と言っても良いでしょう。それだけに他の菌に先駆けて着地点に定着し、少しでも早く分裂して自分の分身(クローン)を作ることは、菌類の生存競争の最も重要な課題と言えます。

ちなみに自身が細胞分裂して2倍に増えるのに要する時間を「倍加時間」と呼び、その時間の長短が生き残り戦略の重要な鍵となります。今や私たちの医療に欠かせない「抗生物質」は菌類から作られた経緯があったことはご存じだと思います。

えー、ペニシリンはカビから作るんじゃなかったの?

とおっしゃる方もおられるかと思いますが、カビは糸状菌のコロニーを指す呼び名で、立派な菌類です。

菌類はなぜ「抗生物質」を作るのでしょうか?

それは他の菌との生存競争にに打ち勝つためです。

早い者勝ちの競争の次には、他の菌との熾烈な殺し合いにさらされます。その中で勝ち残るための様々な手段を菌類は獲得してきました。とにかく自分以外の菌類はすべて排除してしまい、自分の子孫(正確に言うと自分の分身)のみが増え続けることのできる周辺環境を作り出すために、他の菌類を殺し、かつ子孫の存続に有利に働く物質を菌体外に放出することは、菌類のDNAに刻み込まれた本能となっています。そのうちの他の菌類を殺す物質が「抗菌性物質」つまり「抗生物質」なのです。

身近な例を上げてみましょう。皆さんがよくご存じの菌として乳酸菌と呼ばれるグループがいます。

最近は健康志向で、あちらこちらで乳酸菌の効果がうたわれています。乳酸菌は「乳酸」という酸性の物質を体の外に分泌します。これは他の菌に打ち勝つための成分です。一般的に菌類は酸性の環境では生き抜くことが困難になるものが大部分ですので、乳酸菌と隣り合った他の菌は乳酸菌の作り出した「乳酸」によって排除されてしまいます。テレビコマーシャルなどで乳酸菌がワーと増えて、悪玉菌を圧倒するという画像をご覧になったことがあると思いますが、あれは乳酸菌が分泌した乳酸によって他の菌が打ち負かされてしまう光景なのです。乳酸は一種の抗生物質と考えられなくもありません。

私たち人間は腸内に乳酸菌を初めとする様々な菌類(腸内細菌)を住まわせており、胃を経て送り込まれた未消化の食物をさらに分解・吸収し、有用なビタミンや免疫物質を作り出して人体に供給しています。彼等の働きはそればかりでなく、たまたま食物と一緒に腸内に飛び込んできた病原菌などの「よそ者」の菌類を駆逐もしているのですが、そのためには乳酸や抗生物質という武器が必要とされるのです。また一方で数で侵入者を圧倒することも重要で、1gのウンコの中に1兆匹の細菌がいることは数百匹、数千匹などというわずかな数の侵入者は、腸内の先住者である膨大な数の腸内細菌によってことごとく圧倒されて数を増やすことができないことを意味します。

実は菌類が私たちの体に棲み着いている場所は腸内だけではありません。

体の外周のいたるところにもいます。頭のてっぺんからつま先まで様々な菌が先住民として棲み着き、後から侵入しようとする他の菌を追い払っているのです。なにしろ元々から棲んでいる菌ですから体表の環境にも順応し、その条件下における優占種として子孫を増やしているのです。腸内細菌程の膨大な生息数ではありませんが、たまたま飛び込んできた「よそ者」を追い払うには十分な数と言えます。

魚介類の体表も当然「菌類」の生活の場となっており、生物が体表に分泌したり排泄したりする物質を有効に活用するすべを獲得した菌群には最も生存に適した生活の場であり、未来永劫死守しなければならない極めて特異な空間となっていると考えられます。菌類が意図しているかどうかは別にして、結果としては彼等は生物の体表に彼等以外の他の菌が棲み着くことのないようにバリアーを張り巡らせていることになります。

魚介類を網ですくった後に体表に異変が現れることがあります。

これをスレと呼びますが、これなどは網によって体表粘液に物理的なダメージが与えられて、体表の微生物バリアーが損傷し病原菌の侵入を許したことによって引き起こされる現象と考えられます。

近年抗菌グッズがもてはやされています。いかにも菌類の全てが「悪」であるかのごときCMが流され、愚かにもメーカーの思惑にまんまと嵌められている奥様方がいかに多いことか。これは人間が免疫を獲得するメカニズムを根底から否定する安易な考え方で、まさに人類の存続を脅かしかねない犯罪と呼んでもおかしくない「洗脳」であると思います。人間は菌と共存し、菌を活用することで進化を遂げてきた生きものなのです。

私たちは菌の作り出した「抗生物質」を抽出して、それを飲んだり注射したりして菌そのものを体内に入れることなく「抗菌作用」だけを働かせて人体に有害な「他の菌」を排除する手段を発見したわけですが、菌の生存の意味は自分の子孫を残すことにしかありません。本質的に菌類が共存を考えることはありえません。「隣に引っ越してきましたどうぞよろしく」とか「ここは話し合いで何とか」とか「たまには一杯やりましょうや」などという、人間世界で言うところのお付き合いなどとは無縁の世界に菌は生きているのです。

菌はいろいろなものを作る

菌は他の菌類を排除するだけでなく、自分の子孫が生き残り、その数を増やすための物質も作り体外に分泌します。それは栄養成分であったり、他の菌類からの攻撃を防ぐための防御物質であったりします。それらの内のいくつかは人間にとっても有益なものとして私たちは経験的に活用することを知りました。まさに先人の知恵と呼ばれるものです。

最もよく知られるものは「お酒」です。酒飲みの人生の快楽は菌によって支えられていることを改めて感じます。また様々な食品や調味料にも菌類が介在していることは皆さんよくご存じのことと思います。チーズやヨーグルト、納豆に漬け物、味噌・醤油・味の素(味の素も発酵技術を用いて菌が作り出しているのです)。もう例を挙げればきりがありません。これらはすべて菌類の存在があってはじめて可能となった菌体外物質の利用なのです。

人間にとって有益な物質を作り出す菌類の分解活動を「発酵」と呼び、それ以外の分解活動を「腐敗」と呼んで区別します。

人間から見た有益、無益の判断のみであたかも菌類に善悪を当てはめているようで菌類には申し訳ない気もしますが、これは長年培ってきた人類の叡智によって積み上げられた、まさに菌類の活用事例の集大成とも言えるものです。近年はさらに菌類の遺伝子を人為的に組み替えることによって、様々な菌体外物質を意図的に作り出したり、その量を増やしてしまうことまでもが行われています。

まさに菌類は私たちの生活から切り離すことのできない、極めて密接かつ重要な隣人になりつつあります。

菌類に共存関係はないのか?

菌類は殺し合うばかりで共存共栄とか共生などと呼ばれる関係は皆無なのでしょうか?

それがあるのです。36億年の長い歳月は当然そのような関係も許容するようになりました。

それはおそらく菌体外物質を相互に利用し合うような偶然の隣接から始まったものと想像しますが、近年の研究では複数の菌を同時に培養すると、菌が作り出す菌体外物質の量が個別に培養するよりもはるかに多く作り出されたり、有益な菌を特異的に大増殖させるような他の菌の存在が発見されたりもしています。

ここで私たちが注目すべきは菌体外物質や菌体内の成分が他の菌類の活性を高めたり、増殖を促すことがあると言うことです。

私たちの管理する水槽の中にも当然ながらその環境の中で生存競争に打ち勝ってきた、いわゆる常在菌のような菌群が盤踞しているはずです。

それらの中には窒素分を酸化する硝化菌などの独立栄養細菌もいれば、餌の食べ残しや飼育生物の排泄物を分解してくれる従属栄養細菌も多種生息しています。彼等の生息密度は私たちが投入する「餌」の量によってコントロールされています。またこれらの多くは人体の常在菌のように、侵入してくる他の菌を排除もしているはずです。そのことは水槽環境を常に安定した状態に保つ役割も担っており、同居する魚介類の健康保持とも密接な因果関係が想像されるところです。

つまり水槽内の常在菌のコンディションによっては、水質や魚介類のストレスまでもが影響を受ける可能性があると言うことです。

究極の共生関係

地球上の生命体は大きく次の3つのグループに分けられます。

  • ・古細菌(メタン生成菌、硫黄分解菌、光合成細菌など)
  • ・真正細菌(いわゆるバクテリアと呼ばれるグループ)
  • ・真核生物(原生動物、真菌類、植物、動物)

私たち人間を含む真核生物は、古細菌のメタン生成菌が真正細菌のα-プロテオバクテリアを飲み込み、後者を細胞内共生体としたことから誕生したと考えられています。

ミトコンドリアという言葉を思い出して下さい。ミトコンドリアって何だっけ?確か中学校の理科の時間に習ったような気がすると言う方が大部分でしょう。ミトコンドリアは私たち動物はもとより植物を含めたほぼ全ての細胞に存在するもので、生きていくのに必用なエネルギー(ATP)はすべてミトコンドリアが生み出しています。

古細菌に飲み込まれたα-プロテオバクテリアはやがて細胞内の共生体として働くようになり、ミトコンドリアとして真核生物の全ての細胞に受け継がれることになったのです。

これはまさに究極の共生関係がもたらした進化の重大なステップで、以後真核生物の圧倒的な発展をもたらす事になりました。

その過程を解説しましょう。

メタン生成菌は外部から二酸化炭素と水素を取り込んでブドウ糖を合成し、体外にメタンを排出する細菌です。一方のα-プロテオバクテリアは外部からブドウ糖を取り込んで分解することでエネルギーを得ている細菌です。α-プロテオバクテリアは好気性代謝も嫌気性代謝もできる器用な細菌ですが、嫌気性代謝を行う際には代謝産物として二酸化炭素と水素を排出します。つまりα-プロテオバクテリアの排出物である二酸化炭素と水素はメタン生成菌にとって必須の成分であったことから両者は隣り合って共同生活をしていたことが推測されます。つまり共生に近い関係を持っていたのです。

やがて強固な細胞壁を保たないメタン生成菌が変形して、強固な細胞壁のために変形できないα-プロテオバクテリアを包み込んで、最終的には飲み込んでしまったという経緯が想像されます。

ここで疑問なのはメタン生成菌の体内に飲み込まれてしまったα-プロテオバクテリアにとってメタン生成菌が作り出すブドウ糖は微々たるもので生命維持にはとても足りないものでしかありませんでした。一方メタン生成菌は外部からブドウ糖を取り込む能力を持っていません。そのままではα-プロテオバクテリアは餓死してしまいます。どうやらα-プロテオバクテリアはブドウ糖取り込みに関する遺伝子をメタン生成菌に渡したらしいのです。

遺伝子をもらったメタン生成菌の全てがぶどう糖を取り込めるようになったわけではないのですが、その中で取り込みに成功するものが現れたようです。

偶然に偶然が重なって私たち人類の祖先らしきものが出現したのです。

水槽の世界に話を戻しましょう。

では私たちが水生生物を飼育している水槽という環境には一体どのくらいの細菌が棲めるのでしょうか。またそれは何によってコントロールされるのでしょうか。

自然界の生態系には、食物連鎖の底辺を構成する有機物を作り出す多種かつ大量の生物が生息しています。

一つは太陽の光をエネルギーとして有機物を作り出す光合成を行う生物群です。植物プランクトンや、無脊椎動物の体内に共生する褐虫藻などの単細胞の微細な生き物から、小はアオミドロから草原をなす草本類、果ては樹高数十メートルの巨木までに及ぶ多細胞の植物群が数えられます。かれらは地球上の炭素循環に関わる極めて重要な存在で、そこで作り出される有機物がなければ食物連鎖そのものが成立しませんし、光合成が何らかの事情で阻害されることになれば大気中の二酸化炭素の分圧はますます増え続け、地球に大きな気候変動をもたらし生命体の存在そのものを許さぬ世界が訪れることになります。

現在も着々と増え続ける大気中の二酸化炭素を海底の深部に沈めてしまおうと海中の植物プランクトンを増やす取り組みも研究されていますが、実現にはまだ時間が掛かりそうです。

一方光合成以外の有機物を作り出す生体反応も知られており、海底火山の熱水孔周辺では硫化水素などを原材料とした化学合成も行われ、太陽光の届かぬ暗黒の世界での食物連鎖にも注目が集まっています。近年の研究では、地球上の生命体の出現のルーツはこれらの化学合成にあるのではないかという説も唱えられています。

いずれの方法にせよ、地球上には無機物から有機物を作り出す生命体のグループがおり、この栄養方法を独立栄養と呼び、それらの生物群を独立栄養生物と呼びます。

一方自らは栄養を作り出す手段を持たず、他の生物を捕食することで栄養を得る方法で生きている生物群もいます。その栄養方法を従属栄養と呼び、それらの生物群を従属栄養生物と呼びます。

池の水が緑色になるのは植物プランクトンの体内の葉緑素のためです。彼等は独立栄養により水の中の肥料成分(無機物)を吸収し、太陽エネルギーを使って自らの身体(有機物)を作り出します。やがて彼等を捕食するワムシやミジンコなどの微生物が出現すると水の緑色は徐々に薄まり、その増殖が著しい場合には短期間の内に透明になってしまうことすらあります。ワムシやミジンコは植物プランクトンという有機物を捕食することで従属栄養を行ったことになります。ここから先の食物連鎖ではすべて従属栄養が繰り広げられ、食物連鎖のピラミッドの上位になればなるほどその個体数は少なくなり、有機物の生産量と消費量のバランスが保たれる自然の摂理が働くようになります。

私たちの水槽にも大変重要な役割分担を担う細菌群が生息します。硝化菌という名前で一括りにされていますが、水槽内の飼育生物に与えられる餌を由来とする窒素分の酸化反応に関わっています。濾過槽のような水通しの良い環境で濾材の表面にコロニーを作って仲間を増やします。濾過槽は別名「硝化槽」などと呼ばれることもあります。

彼等は水中のアンモニアや亜硝酸などの生物に有毒な窒素化合物を酸化して、比較的無害な硝酸(塩)に変える過程でエネルギーを得ます。酸化には水中の遊離酸素が使われますので、濾過槽には常に飼育水を通過させて溶存酸素の供給に努めなければなりません。濾過槽のメンテナンスを行うときにこのセオリーを忘れますと、硝化菌を大量に殺すことになります。

一方水槽内で飼われている魚介類は日々飼育者の投入する有機物(餌)を摂ることで生きながらえています。また飼育生物は餌の分解物でもある排泄物を日々水槽内に放出する立場にもありますから、ある意味では飼育生物も人間同様に有機物の供給者としての立場に立つとも言えます。水槽内に放出された排泄物や餌の食べ残しである「残餌」も立派な有機物ですから、当然のことながら水槽内には飼育生物以外にもこれらの有機物によって生命をつなぐ生物群が出現します(どこからかタネが飛び込んでくるのでしょう)。

彼等はそれらの有機物を直接捕食したり分解したりして栄養源として取り込んで生きながらえており、自ら有機物を作ることはしませんのでこれは従属栄養生物と言えるでしょう。

彼等がいなければ水槽内には残餌や糞が堆積するばかりですから、その存在なくしては水槽内の美観は維持できませんし、硝化菌たちが必要とするアンモニアの供給も飼育生物の代謝産物としてばかりでなく、微生物による分解過程から供給されるものも少なからずありますので、従属栄養細菌が独立栄養細菌に餌を供給していると考えられる逆の一面にも注意を払わなければなりません。ことほど左様に独立栄養細菌と従属栄養細菌は併存してこそ炭素や窒素の物質循環が成立するのです。

ここではまず有機物と無機物の違いを知っておきましょう。

 

下記の解説は進研ゼミ高校講座より抜粋したものです。

一般に、炭素Cを含む化合物を有機物といいますが、一酸化炭素,二酸化炭素や炭酸カルシウムなどの簡単な炭素化合物は無機物に分類されます。

炭素C以外に有機物を構成する元素として主なものには、水素Hや酸素Oや窒素Nなどがあります。

ここでは「炭水化物、タンパク質、脂肪などのように生物の体内でつくり出される物質は有機物」と理解して下さい。化学の分野では,人工的につくられる有機物もあります。

生物が体内でつくり出す物質は、植物が光合成によってつくり出した物質がもとになっています。植物は大気中の二酸化炭素を利用して光合成を行い、有機物を合成します。

草食性動物は植物を食べ、さらに肉食性動物は草食性動物を食べ、体内で必要な有機物をつくり出します。したがって生物体を構成する有機物は、すべてもとは大気中にあった二酸化炭素に由来する炭素Cを含んでいます。

 

無機物とは有機物以外のすべての物質です。

先に示した二酸化炭素など簡単な炭素化合物と、水や金属などのように炭素以外の元素で構成されている化合物が無機物です。

従属栄養細菌の餌となる有機物は様々な分子の結合状態にありますから、その鎖を断ち切ってより小さな分子構造に分解しなければなりません。なにしろ菌類には口も歯もありませんから、鎖を断ち切るには特別な手段が必要です。そこで使われるのが菌類自らが作り出す分解酵素と呼ばれるものです。分解酵素の働きにより極限まで小さく分断された有機物の分子は、やがて菌類の細胞膜を通過できるサイズになり、菌類のエネルギー源や体の構成物質として再利用されるのです。

 

食物連鎖のピラミッドを描く場合、自然界ではその底辺に光合成により有機物を作り出す独立栄養生物が並べられるのですが、水槽内では彼等の絶対量は極めて少ないため、その部分を飼育者が与える「餌」という有機物で補う必要があります。

水槽の中に自然界のメカニズムを取り込んでなどと叫ぶ方たちもおられるようですが、本当のところはどうなのでしょう。水槽内のエネルギー代謝のスタートラインが水草やサンゴなどの独立栄養をするものであればあながち言えなくもないのですが、そこから作り出される有機物の量は、自然界とは異なり生産力に劣る水槽という特殊な環境から生み出されるものですからおのずと制約があり、それによって同居する従属栄養生物の胃袋を満たすことはほとんど不可能と言えるでしょう。

飼育目的とされる生物が成長を阻害されたりやせ細ることは仕方ないにせよ、独立栄養生物の生産物量によって生息量をコントロールされる従属栄養細菌の絶対量も極めて乏しいものになり、やがては水槽内の様々な物質循環機能も貧弱なものになったしまうような気がします。

水槽内の様々な細菌群の絶対量を、人間世界で使う「人口」をもじって「菌口」とでも呼んでみましょうか。菌口は多い方が良いのか、少ない方が良いのか?この問題を考えてみましょう。

菌の生息量は彼等が取り込む餌(専門的言い回しでは基質と呼びます)の量によってコントロールされます。生息密度は取り込める基質の量によって上下します。濾過槽内の硝化菌の生息量も飼育生物の密度(別の言い方をすれば彼等に与えられる餌の量)によって制約を受けます。腹が減っては戦ができないのです。従って濾過槽の熟成が終わった後は、飼育生物の量(給餌量)の増減によって硝化菌の菌口密度も増えたり減ったりすることになります。往々にして起こりうることですが何かの事情で菌口密度に比べて給餌量が多すぎるようなアクシデントがあれば、その処理が追いつかずにアンモニアや亜硝酸の一時的な増加という危機的状況を招くこともあります。

たとえば60cmの水槽に金魚が3匹飼われている水槽と30匹飼われている水槽を想像して下さい。

金魚のサイズと1匹当たりの給餌量は全て同一とします。

金魚3匹の水槽よりも30匹の水槽の方が金魚の排泄物も食べ残しの餌も多いであろうことは容易にイメージできると思います。単純に割り切れば当然のことながら、それらの有機物を餌として利用する従属栄養細菌の生息量も10倍に、また金魚が直接あるいは従属栄養細菌が排泄物や残餌の分解結果として放出するアンモニアの量も10倍に増えるはずです。それは硝化菌のボリュームも10倍に増やす条件ともなります。従ってそれらの菌群が与えられた負荷(餌をもらえるのだから恩恵かも知れない)をすべて分解しきる活性があれば、3匹でも30匹でも理論的には遜色なく飼えることになります。

ところが現実には30匹の水槽は付着物が増え、水が黄ばみ、ちょっと臭いな、魚が病気じゃね?という水槽になることは皆さんが良ーく経験されるところです。

細菌の数が倍に増えるのに要する時間を「倍加時間」と呼ぶことは前述しました。アンモニア酸化細菌の倍加時間は1.5日、亜硝酸酸化細菌のそれは2日とされています。まずアンモニア酸化細菌が増え、それを追うように亜硝酸酸化細菌が増えて行くその時間差が0.5日あるということです。この倍加時間が逆であれば、亜硝酸酸化細菌は十分な亜硝酸が得られずひもじい思いをしなければならず、飢餓によって十分な増殖速度も得られないはずです。この0.5日の時間差はまさに神様の思し召しなのです。

 

ここで水中の二酸化炭素の話をしましょう。

二酸化炭素は飼育生物の呼吸や有機物の分解過程から水中に供給される他、水面を経て空気中からも溶け込むことがあります。水草栽培に二酸化炭素の強制添加をされている方はすでにご存じだと思いますが、二酸化炭素は水に溶けやすく、水から逃げ出しやすい性質を持った物質です。また植物の光合成には必須の元素で生物由来の有機物の原材料の一つでもあります。すなわち細菌やそれよりも小さいウイルスまでをも含めて、生命体の体を構成する物質として炭素は必要不可欠な元素ですから、その多くは二酸化炭素を利用して炭素元素を体内に取り込んでいるのです。

従属栄養細菌は有機物を分解する過程で有機物に含まれる炭素を吸収できることは理解できますが、独立栄養を行っている硝化細菌の場合はどうしているのでしょうか。

答えは二酸化炭素から取り込むということになります。

じつはそこが大きなポイントです。皆さんは濾過槽を熟成させる期間中にどのようなことをされているでしょうか?

おそらく硝化細菌は酸素が必要な好気性細菌だからということで、少しでも酸素濃度を高めるために水槽内にエアレーションをしていませんか?

これは正解でもあり不正解でもあります。

前述したとおり二酸化炭素は水に溶けやすく、かつ水から逃げ出しやすい物質です。従ってエアーレーションで溶存酸素を増やすことで硝化菌の呼吸代謝を高めることは可能なのですが、一方で水中から二酸化炭素を追い出すことにもなり、消化細菌の体作りの材料となる炭素の吸収という意味では不利な結果をもたらすことにもなります。

市販のバクテリア資材について

水槽用に市販されているバクテリア資材の多くは、既存のバクテリアよりも優れたバクテリア群が水槽環境を改善するといううたい文句でその能力を誇示していますが、これらのバクテリア資材についていくつかの疑問を感じることがあります。

それらのバクテリアは生きているのだろうか?

仮にそれらの菌が実験室内の培養期間中に優れた能力や効果を示したとしても、果たしてユーザーの手元に届いた時点で同様の結果が再現されるかどうかの判断は、ひとえに菌が生きているかどうかに掛かってくることはご理解いただけると思います。

バクテリア資材も商品としての流通経路を経て店頭に並ぶわけですから、当然ながら一定の配送・保管期間を要しているはずと考えるのが普通です。特に好気性の菌群の場合、商品容器に充填されたその時点から容器内の酸素は消費され続け、やがて酸欠状態に至ることは明らかで、店頭であるいは倉庫で数ヶ月の待機期間を経た商品に生きている菌の存在を期待することはほとんど不可能ではなかろうかと思うのです。

脱窒菌のようなものであっても本来は好気性の菌が大部分です。通性嫌気で酸素がなくとも生き抜ける能力があったとしても、酸素呼吸の代わりに硝酸呼吸を迫られるわけですから、あらかじめその分の硝酸濃度を高めておいても、やがてそれらを消費し尽くせば同様に酸欠に陥ることは明らかです。つまり全く酸素を必用としない絶対嫌気の細菌以外の酸素(硝酸として窒素に結合している分も含めて)を必要とする菌群は、溶存酸素量に限界のある容器詰めで売られる販売形態には長期間耐えることができず、その多くは容器内への充填時から徐々に死滅して行き、やがてゼロになるのではなかろうかと想像するのは私だけでしょうか。

バチルス菌のように「芽胞」といういわゆる休眠状態の菌体であれば、長期間の保存に耐えることができるのですが、この場合でも出荷時の菌体密度を無限に維持することはできず、徐々に生きた「芽胞」の数は減ってくるのは仕方がないとの割り切りがあるようです。ただバチルス菌の場合は生残密度が7割とか8割と比較的良好なので、実際に使用する場合には本来の菌体数に戻るまでの期間が短いため特に致命的な問題とはならないようです。

ユーザーの誰もが抱くであろうこのような不安に対し、おそらく流通期間中の酸素不足を想定して「仮死状態」や「休眠状態」にして出荷をしているのだとメーカーは説明するはずです。

まあ、うがった見方をすれば、市販のバクテリア製剤の多くは「へろへろ」あるいは「よれよれ」の食うや食わずの状態で生きながらえているものだと考えなければなりません。

細菌の世界は排他的であると前述したとおり、人為的に投入された新参の細菌が、水槽という特殊な生態系の中での生存競争の勝ち組である先住の細菌群に打ち勝つことができると思いますか?

先住の細菌群との生存競争に勝ち残るために求められる条件は投入される菌自体の活性が高く、そしてできれば先住者を圧倒するような量を投入しなければなりません。「へろへろ」「よれよれ」の菌をわずかばかり投入することに何の意味があるのでしょうか。訳の分からぬ菌を投入して先住菌との生存競争を促すことは、先住菌が受け持っている本来の浄化機能を阻害することにもなるはずです。何故なら先住菌は浄化機能を一時的にストップしてでも、新参の菌群を排除するためのエネルギーを使わざるを得ないからです。

優れた菌の活動によって現状よりもさらに良好な水質環境を得ようという目的で水槽に投入されるバクテリア資材においては、その生残率は極めて重要で「生きていなければ意味がない」という理解が必要です。ショップの店頭に並べられている市販のバクテリア資材のほとんどには製造月日(充填月日)の記載がありません。1週間前に詰めたのか、1年前に詰めたのかでその効果には雲泥の差があるであろうことは皆さんにもご想像いただけると思います。

生きていなくとも良いバクテリア

菌は生存競争に勝ち残るため、子孫のために体の中に有益な成分を溜めたり体の外に分泌したりすることは前述しました。そしてその成分によっては他の菌と共存できたり、場合によっては相乗効果によって単独で生存するよりも活性が高まる事もあるというお話もしました。

人間の健康維持に大きな関わりを持っているとされる腸内細菌の存在が近年クローズアップされています。その分野では

  • ・プロバイオテクス
  • ・プレバイオテクス

という一文字違いのよく似た二つの用語が使われます。

プロバイオテクスとはお腹の腸内細菌のバランスを整え、腸内の異常状態を改善し、健康に良い影響を与えてくれる生きた微生物のことです。つまり乳酸菌やビフィズス菌などの生きている菌群を指します。

一方プレバイオテクスはプロバイオティクスの働きを助ける物質のことです。オリゴ糖や食物繊維などが代表的なものとして知られています。こちらは生きていなくとも良いのです。

また乳酸菌飲料に含まれている乳酸菌群の大部分は強酸である胃液によって殺されてしまいますが、乳酸菌飲料を摂ると体調が良くなることは経験的に知られています。

この場合もプロバイオテクスとしてではなくプレバイオテクスとしての効果がもたらされるからです。飲料に含まれる腸内細菌の活性を高める成分や乳酸菌の体内に含有される体液などが作用しているものと考えられます。

 

私たちが水槽の環境維持のために用いるバクテリア資材についても同様の概念が当てはまります。硝化菌や脱窒菌、バチルス菌などは水槽内で彼等が働くことを前提として投入するわけですから、肝心の菌群は投入時に生きていなければなりません。またすでに水槽内で勢力を伸ばしている「先住の菌」たちに負けずに定着するためには相応の「数」が必要になります。飲まず食わずでヘロヘロになった新参者の菌がほんの少し飛び込んだとしても彼等の運命はまさに風前の灯になってしまうと思いませんか?

そんな菌同士の戦いの様を想像してみると、市販のバクテリア資材の在り方には大きな不安や不信を感じてしまうのです。

一方プレバイオテクス的な意味合いで投入するバクテリアとしては、その代表格として「光合成細菌」の名前が真っ先に浮かんできます。「PSB」などとも呼ばれることもある、あの赤い色をした液体です。(日本動物医薬品が出している「たね水」と言う商品は緑色をした光合成細菌です。「たね水」は真水で培養すると赤くなってしまいます。)

光合成細菌は通常塩分のない真水で培養することが多く、淡水の水槽に投入された場合は生きた光合成細菌の直接の働きを期待することができるので、この場合はプロバイオティクスと呼ばれてもおかしくはありません。ところが多くの光合成細菌は塩分耐性が低く、塩分を含む培養液ではなかなか増やすことができません。しかし海水水槽に投入してもかなりの効果があることは多くのユーザーが経験しています。その場合には光合成細菌は海水中では生きていられませんから、菌が働いたのではなく何か効果を引き出す有効な成分、つまりプレバイオティクスが水槽内に生息する既存の細菌の活性を高めたと考える必要があります。

光合成細菌が生きているに越したことはないのですが、彼等を培養するときに作り出される「光合成細菌の子孫繁栄に有効な物質」が培養液の中に大量に存在するのです。あの赤くて臭い液体の中には、生きた光合成細菌と一緒にこれらの有用成分がたっぷりと含まれているのです。

土壌の中には「放線菌」と呼ばれる菌がいます。彼等は植物の病気を引き起こす病原菌に対してそれをコントロールする拮抗作用を示します。つまり土壌に放線菌が増えると植物は病気になりにくくなるのです。私たちがよく耳にする抗生物質の一つに結核の特効薬として知られるストレプトマイシンがあります。これは放線菌(ストレプトマイセス属)から作り出されたことからその名が付けられました。人間の大腸内に棲む代表的な善玉菌であるビフィズス菌も放線菌の仲間です。

耕作地に光合成細菌を散布すると地中の放線菌が増えることが知られています。その理由が放線菌と光合成細菌の共生なのか、放線菌の餌として光合成細菌が取り込まれているのかは定かではありませんが、光合成細菌の体内やその培養液中に含まれる様々な有用成分が、作物への肥料効果としてばかりでなく、放線菌を増やすというステップを経て作物の健康状態にまで関与する因果関係が想像されます。

水槽の環境改善に光合成細菌を用いる意味は、菌自身が生きた状態で水槽内の様々な要因を改善するという可能性もさることながら、もともと水槽内に先住している水質に関与する様々な常在菌群を、人間で言うところの腸内細菌のように、耕作地で言えば放線菌のようにその数を増やしたり活性を高めたりすることで、結果として環境改善に寄与するのではなかろうかと考えます。この場合、光合成細菌が生きているか死んでいるかはさほど重要な条件ではなく、あくまでも菌体内や菌体外の有用物質の種類や濃度の方が意味を持っているのではなかろうかと考えています。

水槽管理に対する考え方

水槽という空間はかなり特殊な環境と考えねばなりません。管理者(皆さんのことです)は自然界とは似ても似つかぬ様々な障壁があることを知っておいて下さい。

自然界からライブロックのようなミクロの生態系を持ち込んで水槽内の浄化機能のスターターにするという、いわゆるナチュラルシステムと呼ばれるようなセッティング手法もありますが、これとて立ち上げ後の周辺環境は自然界とは全く異なる訳ですから、未来永劫スタート時の微生物の顔ぶれが維持繁栄し続けるなどとは考えられません。ナチュラルシステムの構築に日夜努力されている皆さんには誠に申し訳ありませんが、システム立ち上げ後おそらく数ヶ月後には、当初の生態系とはかなり異なった住民(細菌や微生物)が主役になっている可能性を否定できません。結局は水槽という人為的な環境条件にうまく適合できた住民が市民権を得て勢力を拡大し、その後の水槽環境そのものをコントロールして行くという自然の摂理が働くのだと私は考えることにしています。

その結果として、安定状態に到達した時点の微生物組成がライブロックのそれと同一かどうかは神のみぞ知るところです。

ナチュラルシステムの発想を否定するつもりはありませんが、モナコシステムにせよベルリンシステムにせよ、サンゴを飼うことはできても魚介類を飼うと破綻するシステムであったことは多くのチャレンジャーの挫折が立証しています。つまり人間が管理する水槽という特殊な環境下では、給餌によってもたらされる窒素負荷を排除しきることはできなかったのです。水換えや脱窒装置の組み込みなど二次的な手法を併用することでかろうじて安寧を維持しているという極めて脆弱な実態を認めなければなりません。

サンゴなどの無脊椎動物を主に飼育するナチュラルシステムでは、強力な照明設備を設けることで共生藻が無機栄養によって生産する有機物がその水槽環境内におけるの唯一の栄養源であり、殆ど給餌をしないという魚介類の飼育とは全く異なる前提条件の違いがあります。

私たちが忘れてならないことは、どのような高性能の水槽システムであってもその根幹は細菌群や微生物が担っており、高価な周辺機器も添加剤も所詮それらの生物の働きを補完するだけの存在でしかないと言うことです。

水槽という人為的な生態系の底辺にあるミクロの生態系の維持と活性化こそ新しい水槽管理手法の原理原則となるのではないかと愚考いたします。

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