溶存酸素を考える
2024/12/12
溶存酸素濃度について考える
私たちが呼吸している大気中にはおよそ20%の酸素が存在します。残りの大部分を占めるのは窒素で、ごく微量な成分として二酸化炭素などが含まれています。
一方水中の遊離酸素は下記の水温別飽和溶解量で示すようにごく微量しか解けていません。
%と溶解量mg/lを比較するには少し頭が痛くなる計算式が必要ですので、ここでは省略させていただき、水中には大気中の3%弱、1/33という極めてわずかな量しか存在しないということだけを理解してください。
私たちが行っている 肺呼吸 は山などに登って酸素量が20%から1~2割減ってしまうだけで、いわゆる高山病と呼ばれる症状に襲われて頭痛や吐き気を催し、最悪の場合は死に至ることもありますが、それに比べて大気中の1/33しか酸素がない水中で生活している魚たちの 鰓呼吸 は極めて酸素交換効率の良いものだということになります。
魚が呼吸をしている様子としてよく知られているのは、えらぶたを開いたり閉じたりしている動作です。口から吸い込んだ水を鰓に当てて酸素交換をしているのですが、溶存酸素量が減ってくるとその回数も増え、鼻上げと呼ばれる特異な光景が起こります。飼育魚の多くが水面近くを遊泳し、呼吸回数も増えて溶存酸素が不足気味になっていることを私たちに知らせてくれます。水面近くであえいでいるのは、大気中の酸素が溶け込む場所が水面で、深いところよりも溶存酸素量が多いからです。また水中に比べればはるかに酸素濃度の高い大気を湿った鰓に当て、直接酸素を取り込む必死の努力をしているのかも知れません。
コイやフナなどは濡らした新聞紙にくるんでおけば1時間以上生かしておけることが知られていますが、その理由は大気中の酸素量が水中よりも圧倒的に多いからです。魚の呼吸は鰓だけで行われているのではなく、体表でも行われていることが想像されます。ドジョウは口から空気を吸い込んで肛門から出す 腸呼吸 をします。普通の魚では鼻上げ状態になるような飼育密度でもドジョウが元気なのは、大気中から直接酸素を取り込むことができるからです。
生物が進化の過程で水中から陸上を目指したのは、そこに豊富な酸素があったからではないでしょうか。酸素から作られたオゾン層のおかげで、それまで生命の存在を許さなかった紫外線の多くが遮られるようになった陸上は、夢のような酸素濃度が待っているフロンティアだったのかも知れません。
一方マグロやカツオなどの外洋の回遊魚はえらぶたの開け閉めはせず、常に高速で泳ぎ回って口を開けたまま水流を鰓に当てる呼吸をしています。彼等は口に入る水流が少なくなると酸欠になってしまいますので、寝ている間も一定速度で泳ぎ続けなければなりません。
テレビなどで良く目にする光景ですが、マグロの養殖池からマグロを取り上げるにはダイバーによる手づかみの捕獲が行われます。養殖いけすの中をかなりのスピードで泳ぐマグロも、ダイバーに捕らえられると数秒の内にあっけなくおとなしくなってしまいます。それは泳ぐスピードが維持できなくなって呼吸困難に陥るからだと思われます。猛スピードで泳いでいるマグロが人の手で簡単に捕まえられるという嘘のような話は、彼等の呼吸方法に要因があるのです。
古い話で恐縮ですが、葛西の臨界公園水族館がオープンした頃、マグロの回遊水槽というこれまでどこの水族館も実現できなかった展示が注目されました。マグロを酸欠にせずにどうやって運び込むのだろうか。とても興味深くその裏方に注目していました。おそらくそれまでの水族館の常識では考えられない試行錯誤が行われ、多くの失敗を経験しながらノウハウを確立したのでしょうね。まさに先人の努力の賜で、世界で最も水族館が多い日本ならではのチャレンジが日の目を見た瞬間だったのではないでしょうか。