観賞魚水槽へのバイオフロック法の導入について
2024/12/20
観賞魚水槽へのバイオフロック法の導入について
今回はバイオフロック法についてお話しいたします。
バイオフロックとは簡単に言うと微生物の固まりという意味です。
水中には多種多様な微生物が生息しています。
飼育生物に有害な窒素化合物を処理してくれる硝化菌や脱窒菌、生物の排泄物や餌の残りなどを分解してくれる各種の従属栄養細菌など、まさにありとあらゆる微生物が飼育水の中にうごめいているのですが、彼等が最も効率よく生活するには単独で水中をただよっているよりも、何かの表面に定着して自分の分身のコロニーを作り、その表面を仲間どおしで手をつないだバイオフィルムというもので覆われている状態の方が具合が良いと言われています。
現在そのバイオフロックが養殖業界に注目され、エビ類やテラピアなどの一部の魚種養殖に採用され始めています。
皆さんは下水がどのように処理されているかご存知でしょうか。
私たちの生活から出される様々な排水は下水管を通ってやがて下水処理場に到達します。
そこでは 活性汚泥法 という技術を使って排水の中の様々な成分を微生物に取り込ませて廃棄しやすい形状に変えます。
それらは汚泥と呼ばれますが、名前のように決して汚いものではなく、汚水中の様々な栄養成分が微生物の体に変えられた物質なのです。
つまり水中の汚れ成分(未利用の栄養成分・水溶物)で微生物を培養し、回収しやすい微生物の体という固形物に変換して水の中から取り除くのです。
それらが取り除かれた水が浄化済みの水として自然界に排出されていることになります。
汚泥は産業廃棄物の中で最も大量に排出されるもので、平成25年度の環境省の発表では年間1億6400万トン以上の量で、産業廃棄物の42.7%を占めています。
その多くは焼却されたり、投棄されたりしています。
近年は再利用のための取り組みや技術革新が進んでいるようですが、まだ道半ばという状況に思えます。
C/N比(しー・えぬ・ひ)という言葉をお聞きになったことがありますか?
Cは炭素の、Nは窒素のそれぞれ化学記号です。
すなわち有機物に含まれている炭素と窒素の含有比率を表すものです。
たとえばある有機物に炭素(C))100g、窒素(N))10gが含まれている場合、そのC/N比は100÷10で10ということになります。
C/N比は農業では大変重要な指標で平均的な耕作地では12前後とされています。
C/N比の低い有機物は分解が速く、分解過程で作物が利用できる無機態の窒素を放出するので肥料効果がすみやかに現れます。
一方CN比が高い有機物は分解が遅く、分解過程で生成する無機態の窒素は分解に携わった微生物の養分として取り込まれてしまうため、作物への肥料効果が現れにくいとされています。
C/N比は20を境としてそれより小さい(窒素が多い)と窒素が放出され(無機化)、大きい(炭素が多い)と窒素は微生物に横取りされてしまいます。これを 有機化 と呼びます。
植物の肥料成分は根の表面の細胞膜を通過できる大きさでなければなりません。
無機態の窒素は小さいので細胞膜を通過できますが、有機体の窒素は分子構造が大きいため通過できません。
私たちが管理する水槽に目を向けてみましょう。
一般的な養殖池または観賞魚の水槽ではC/N比はかなり小さな数値となっています。
それは窒素に比べて炭素量が極端に少ないからです。
そこでは硝化菌の働きにより水中のアンモニア(NH3)が亜硝酸(NO2)、次いで硝酸(NO3)に変えられます。
アンモニアも亜硝酸も硝酸も無機物として分類されます。
脱窒機能の備わった飼育システムでは脱窒菌と呼ばれる菌群の呼吸(還元)作用によって硝酸が亜硝酸を経て一酸化二窒素(N2O)、そして窒素ガス(N2)となって水中から放出されますが、これらの物質もすべて無機物です。
すなわち養殖池や観賞魚水槽では水中の窒素は様々に無機化されるのです。
その理由は飼育水のC/N比が極端に小さいからだと考えられます。
いよいよ話が佳境に入ってきました。
それでは飼育水に炭素を投入してC/N比を大きくしたらどうなるのでしょうか。
炭素の具体例としては砂糖やアルコールなどを想像して下さい。
昨今話題になっている味醂でも構いません。
水に溶ける物質ならとりあえず何でも良いでしょう。
皆さんのご経験の中に、うっかり何かを投入したら飼育水が白濁したということはありませんか?
白濁の正体は水中で爆発的に増えた微生物です。
これらの多くは従属栄養細菌(有機物を餌として生活している菌群)と呼ばれるグループの微生物で、自らの体を分裂して倍に増える時間(倍化時間)が数分から数十分程度ですので、条件が整うとその数は爆発的に増えて、小さいとは言え光を遮るため白濁現象が引き起こされるのです。
ちなみに皆さんが大切に感じている硝化菌の倍化時間は24~36時間とされており、白濁するような事態は起こりません。
従来の硝化システムを前提にした水槽管理では窒素分は硝酸として徐々に蓄積し、溜まった硝酸を水換えによって薄めるという無機窒素濃度の管理手法が採られてきました。
もし飼育水の中にCを投入するとどのような現象が起こるのでしょうか?
飼育水に炭水化物を供給すると有機化が進むことになります。
つまり飼育水中にC(糖質やアルコールなど)を投入するとC/N比が大きくなり、従属栄養細菌(有機物)が増えバイオフロックが形成されます。
彼等の体は基本的に蛋白質で作られますからそれを構成するのに必要な材料として水中のN(窒素化合物に組み込まれている窒素)が吸収されることになり、結果としてNの絶対量が減ることになるのです。
これは硝化菌や脱窒菌による無機態の窒素化合物の消長とは全く異なる生体反応で、うまく活用できれば新しい脱窒手法にもなりうるものです。
増えた微生物は飼育水の中の担体(微生物が取り付く基盤)の表面にコロニーを作り微生物膜(バイオフィルム)を形成しますが、それが徐々に成長するに従って飼育生物であるエビや魚類の餌として利用されることになります。
皆さんは水槽の透視度を維持するために定期的にガラス面やアクリル面の掃除をされていると思います。
スクレーパーや三角定規などで壁面をこすると、付着藻類はもとより、何か白っぽい膜のようなものが剥がれるのにお気づきだと思います。
それがバイオフィルムです。
付着藻類がガラスやアクリル面に増殖するには、その前段としてまず壁面に有機物やイオンが付着してコンディショニングフィルムという膜が作られます。
次いでその上面に到達した細菌群が細胞外多糖(EPS extracelluarpolysaccharide)を分泌します。
EPS上にはさらに細菌群が増え、バイオフィルムが形成されます。
バイオフィルムには複数の菌種の他、藻類も含めた動植物が入り混じった雑居状態にあることが普通とされています。
シュリンプ類をお飼いになっている方は理解がしやすいと思いますが、シュリンプが底砂の上でしきりにはさみを動かし何かを口に運んでいます。
底砂ばかりでなく水草や流木の上でも同じような行動をします。
ツマツマという表現で表されますが、その行動が活発であれば、シュリンプ類の健康状態が良好であると安堵することになります。
シュリンプ類への給餌量は飼育者によって千差万別で、毎日与える人もいれば週に1回という名人上手もいます。
あるいはすっかり管理を放棄していた水草水槽の中でシュリンプが勝手に繁殖を繰り返して数十倍の数に増えていたなどという驚きもしばしば経験するところです。
彼等が日常の餌としてついばんでいたのはそう、バイオフィルムだったのです。
バイオフィルムは水槽の壁面はもちろん底砂や水草の表面にも形成され、シュリンプ類には格好の食料となっているようです。
養殖業の場合、餌代は経費の何割かを占める無視することのできないコストになっていますが、餌の成分として大きな比率を占める蛋白質よりも安価な糖質を投入するだけで、増え続ける微生物を餌として利用できれば、餌代が節約されると同時に飼育水中の硝酸濃度も下がり、水換えのコストまでもが軽減
できるというまさに一石二鳥の効果が期待できます。
観賞魚水槽への応用
ビーシュリンプなどの淡水産のエビ類を飼っているとしばしば面白い経験をすることがあります。
となりの汚い水槽からコケまみれの水草を引き抜き、シュリンプの水槽に投入するとどうなるでしょう。
水草は一晩のうちにピカピカの新品同様に再生されてしまいます。
同じ経験をお持ちの方は少なくないと思います。
コケだらけの水草には水槽中のシュリンプ達が総出で群がり、猛烈な速度でクリーニングをしてしまいます。
快感すら感じる光景でもあります。
はたして彼等が貪り食っていたのはコケなのでしょうか。
コケだらけのコケとは何を意味するものでしょうか。
それは付着藻類混じりのバイオフィルムであると考えられます。
前述したとおりバイオフィルとは菌類と藻類の入り混じった雑居アパートのようなもので、私たちの目には一見コケをついばんでいるように見えても、実はコケと一緒に周辺の菌類のコロニーをも捕食していると思われます。
シュリンプ達にしてみれば、サラダとステーキが同じお皿に盛られているようなものです。
大型の個体も生まれたばかりの稚エビも同一の条件でご馳走にありつける平等のえさ場なのではないかと思われます。
いかがでしょうか。この文面をお読みになってご納得をいただけた方もいらっしゃれば、そんなうまい話があるものかと疑問をお持ちになった方もいらっしゃると思います。
私はこの話題提起で一儲けを企てているわけではありません。
この文面から読み取っていただいた因果関係を、皆さんがこれまでクリアーできなかったいくつかの課題を乗り越えるヒントの一つにしていただければ望外の喜びです。
・投入する炭素(源)に何を選ぶのか
・どの程度の量を投入するのか
・バイオフロックの付着基盤としてどのような素材が適当なのか
・バイオフロックで飼える生物は何なのか
皆さんのご意見や活用事例などをお知らせ下さい。一緒に挑戦させていただきます。