微生物資材とは? その3
2025/01/29
1 腸内細菌という言葉を聞いたことがあると思います。
人間の健康を左右する免疫の7割は腸内細菌が関与していると言われています。
近年は腸内細菌がコントロールしている腸内環境の改善のために様々な方法がクローズアップされています。
腸内細菌の中で 善玉菌 と呼ばれる乳酸菌やビフィズス菌などの菌体のことを プロバイオティクス 食物繊維やオリゴ糖など善玉菌の餌になり、その数を増やすための成分を プレバイオティクス と呼びます。
またプロバイオティクスが腸内で作り出す様々な有用成分が人体の健康をコントロールしているならば、それを人体の外で増やし経口投与したらどうかという発想を バイオジェニックス と呼んで腸内環境の改善や亢進を目的として用いられるようになっています。
ちなみに私たちの腸内細菌は母胎から受け継いだもの以外は成長過程において食物と一緒に体外から取り込んだ細菌群の末裔で、その種類が多いほど免疫機能も豊かになると考えられています。
その多くは土壌細菌とされており、土壌細菌に接する機会の多い幼児期を過ごした者は病気に対する抵抗力が強く、逆に少なかった者は弱いという傾向が認められるようです。
抗菌や除菌に精を出している世のお母さん方、もしかしたら貴女のお子さんはひ弱になってしまうかも知れませんよ。
水槽の立ち上げにおいて投入される土壌細菌は腸内細菌に当てはめればプロバイオティクスと呼べる存在です。
その際硝化菌の増殖を促すためにアンモニアなどの窒素化合物を投入すると熟成が早まることが知られています。
硝化菌以外の従属栄養細菌群を増やすには有機物や炭素源となる砂糖やアルコールなどを投入することもあります。
これらはプレバイオティクスと考えられます。
当然バイオジェニックスに匹敵する成分もあるはずです。
それを探してみましょう。
2 私たちの身の回りには発酵によって作られた食品がいろいろあります。
お酒を筆頭に味噌・醤油、納豆、漬物、チーズ、ヨーグルトなど数え上げればいくらでも出てきます。
特に日本では諸外国に比べて発酵食品の種類や摂取量が多いことが長寿の要因の一つとも考えられています。
そこには私たちの腸内細菌との関連が想像されます。
発酵食品は体(腸内細菌)に良い働きをしてくれるようなのです。
同様の発想を私たちが飼育している魚やエビなどに当てはめてみましょう。
水槽外でバクテリアの作り出した有用成分を飼育生物の体内に取り込ませるには経口投与が一般的です。
餌に染み込ませる、あるいはまぶすなどして給餌すれば良いのです。
口から入ったそれらの成分やバクテリアはやがて飼育生物の消化器官に到着しますが、人間の場合と同様にバクテリア自らが消化器官内で働いたり、あるいはすでに消化器官内に定着している既存の細菌群の活性を高めるなどの効果が現れると思われます。
実は光合成細菌を開発する過程でメダカの腸内細菌を調べてもらったことがあります。
メダカの水槽に光合成細菌を投入すると、メダカの腸内細菌の一つとして同じ光合成細菌が見つかることがあるのです。
おそらく餌と一緒に光合成細菌がメダカの体内に取り込まれ、それが腸内で見つかったのでしょう。
それが腸内細菌として定着したものなのか、たまたま通過中であったのかは定かでありませんが、飼育水中のバクテリアが飼育生物の消化器の中に取り込まれる可能性の一つとして捉えています。
人体に対するバイオジェニックスと同様に、他所で培養した有用な発酵物質を飼育水に投入することで、飼育生物の健康やあるいは水槽内の微生物環境に有意な変化をもたらす可能性があることになります。
3 死んでいても役に立つバクテリア
水槽にバクテリアを投入することには2つの目的があります。
一つはバクテリア自身を働かせることです。
分解したり、合成したり水槽内の物質循環の中で役割を果たさせるのです。
水槽には飼育生物の餌として日々様々な有機物が投入されますが、それらは生物の排泄物や残餌として水槽内に蓄積することになります。
これを放置すれば水槽環境は崩壊します。
そうならないのはそれらを分解、無害化するバクテリアが働いてくれるからです。
分解されるターゲットが過剰にあるならば、多少多めの助っ人を投入しても分解効率が上がりこそすれ邪魔になることはありません。
もう一つはバクテリア自身の体内の成分に意味があります。
バクテリアは弱肉強食の自然界に身を置いているわけですから、彼等を捕食する天敵も必ずいることになります。
水槽内の微生物群の中にはバクテリアよりも大きい原生動物と呼ばれる生物群も同居しており、彼等のメインディッシュはバクテリアなのです。
バクテリアは餌があれば、その量に比例して数を増やしますが、無秩序に増え続けるわけではなく、その一部は原生動物の餌としてやがて捕食される宿命にあるのです。
バクテリアの数は餌の量と原生動物の数によって微妙な増減を繰り返します。
原生動物もまた餌とするバクテリアの数によって増減することは論を待ちません。
バクテリアの中には健康食品の補助材として商品化されているものもあります。
乳酸菌には生きている 生菌 と死んでいて粉末処理されている 死菌 と呼ばれるものがあります。
生菌はヨーグルトや乳酸菌飲料、キムチや漬物などに入っています。
死菌は 「当社の青汁には100億個の乳酸菌が」 というあれです。
乳酸菌は生きていなくてもそれなりの健康増進効果がありますから、生菌に大きく劣るということはありません。
死んだバクテリアがどうして役に立つかといいますと、バクテリアの体の中にはバクテリアが生産する物質に匹敵する有用な成分が含まれているからです。
死菌であってもそれが腸内に届くと先住者である他の腸内細菌によって分解されその体内成分が取り込まれます。
のことによって既存の細菌の活性が高まるのであれば、生菌が働くのと遜色のない効果が期待されることになります。
このパターンを私たちがよく知っている PSB(光合成細菌) に当てはめてみましょう。
あの赤くて臭い液体の中にはPSBという生きた菌と、彼等が増殖するときに菌体外に放出した様々な有用成分が含まれています。
水槽に赤い液体を放り込むということは、生きた菌と一緒にその有用成分も入ったことになります。
培養液の中にPSBの餌の成分が残っていれば、あの赤い液体には プロバイオティクス、プレバイオティクス、バイオジェニックス の3つの要素が含まれていることになります。
私たちはPSBを自分で培養することがありますが、その培養環境はほとんど淡水に近い塩分濃度です。
そこで培養されたPSBは塩分耐性の低いものと考えられます。
このPSBを海水の水槽に入れたらどうなるのでしょうか。
PSBそのものはそう長くは生きられないと思います。
数時間もしくは数日のうちに死に絶えてしまうでしょう。
でも海水水槽の水質には明らかに好結果がもたらされ、飼育生物の活性が上がるのをしばしば経験することがあります。
どうしてでしょう?
海水水槽の中にも当然先住の微生物がいて、死んだPSBは彼等の餌になったからです。
その結果先住微生物の活性が高まり、水質浄化機能が向上すれば結果オーライとなるのです。
またPSBの菌体と一緒に投入された 赤い水の成分 もPSBが体外に放出した有用な成分を含んでいますので、PSBの体内成分と同様に先住微生物にはありがたい恵みになっているものと思われます。
畑の中には 放線菌 と呼ばれるバクテリアが棲んでいます。
彼等は農作物に病気をもたらす病原菌をやっつけてくれる畑の守護神なのですが、畑にPSBを撒くと放線菌が元気になり、数も増えます。
どうやら放線菌が、死んだPSBや赤い水の成分を食べて活性が高まるかららしいのです。
このときPSBは生きている必要はありません。
PSBは死してなお活躍をしてくれるのです。
水槽内にも放線菌に似た微生物が棲んでいるとすれば、飼育水にPSBを添加する意義もご理解いただけると思います。
発酵食品に囲まれた私たちですから、それらの中から水槽に投入できるものを探してみましょう。
その可能性のあるものは乳酸菌、麹菌、納豆菌などですが、その効果は発酵させる相手方(有機物の種類)によって大きく変わると思われます。
近い将来、○○の発酵エキスなどというものが魚介類の特効薬として業界を賑わす日が来るかも知れません。