光合成細菌(PSB)がつくる水の循環 ― アクアリウムを支える小さな生命たち
2025/10/23
光を糧に生きる、目に見えない存在
私たちが管理・観賞するアクアリウム中では、一見すると魚や水草などが主役に見えます。
しかし、その“舞台裏”では、無数の微生物たちが目に見えない形で環境を支えています。
その中でも近年特に注目されているのが「光合成細菌」です。
一般的にはPSBと呼ばれることが多いのですが、同じ呼び名のビールが登場したことで、ネットの検索がしにくくなっている実態も出てきました。以後PSBという呼称で話を進めます。
太陽の光をエネルギーに変え、自然界でもアクアリウムでも物質の循環に関与する彼らは、水質浄化や栄養供給など、実に多彩な働きをしています。
今回はPSBの正体から自然界での役割、そしてアクアリウムにおける“初期餌料”としての重要性などを述べます。
光合成細菌とは何か ― 太古の地球から生き続ける生命の原型
光合成細菌(Photosynthetic Bacteria 略してPSB)は、光をエネルギー源として有機物をつくり出す微生物の一群です。植物のように葉緑体を持たず、「バクテリオクロロフィル」と呼ばれる色素で光を吸収します。
PSBにも様々な種類があるのですが、中でも有名なのは「紅色硫黄細菌」や「紅色非硫黄細菌」と呼ばれる種類で、これらは 酸素を発生しない “無酸素型光合成”を行うのが特徴です。
商品としては専門メーカーが自社培養したものが店頭
に並べられていますが、メダカブームを契機にユーザーが自ら培養されるケースが増えています。おそらくコストパフォーマンスの違いに目覚めた方が多かったのだと思います。
ちなみにPSBを培養するための餌として弊社が発売した ふやしてPSB はおかげさまで多くの皆様から圧倒的なご支持を頂戴し現在もベストセラーを維持しています。
光合成細菌は多彩?
上記の写真をご覧下さい。さまざまなPSBの 色 を比較する写真です。
PSBといえば赤い色をしていると思っていた方は驚かれると思います。赤から黄色、緑色まであるのです。
私たち素人が自力で増やせるPSBは前述の「紅色硫黄細菌」や「紅色非硫黄細菌」などの「紅色」つまり赤い色をしたものが多いのですが、その中にも赤以外の色合いがあります。私たちは自身で培養したPSBの評価をするときに、 真っ赤になったから大成功 とついつい思いがちですが、それが必ずしも正解では無いことがこの写真からご理解いただけるものと思います。
市販品の中には販売メーカーの独自の種類があり、価格も大きく異なります。
中でも日本動物医薬品が販売している「たね水」とネーミングされた緑色のPSBは1.8リットルで5,000円前後の価格で売られている超高級品でもあります。上記の写真で言うと一番右側の緑色硫黄細菌ではないかと推測しますが、詳細については定かではありません。
実は私もこの「たね水」を自身で増やせないかと培養にチャレンジしたことがあります。そしてものの見事に失敗しました。私の培養方法では緑色のPSBをふやすことはできなかったのです。
結果から申し上げますと、「たね水」を種菌として培養を試みた私の培養器の中はことごとく赤くなってしまったのです。
その後、展示会で知り合った日本動物医薬品のスタッフに話を伺ったところ、同社でも培養時に赤くなってしまうケースもあり、全体の歩留まりには苦労されているとのことでした。小売価格を高めに設定しなければならない背景がようやく理解できたような気がしました。
もちろん「たね水」にはその価格に見合った卓越した効果があるのでしょうが、その使い分けについては十分な理解が私にはありません。正直なところ「たね水」と自家培養種との間に大きな効果の違いがあるのかと言えば、その差を感じたことはほとんどありません。その理由は後段で述べます。
また上記の写真からもおわかりの通り、同じ紅色非硫黄細菌の中でも真っ赤な色合いのものもあれば、くすんだような茶色いものや緑色のものもありますので、できあがった培養液の色によって軽率に成功・失敗を決めつけることはできません。真っ赤にならなくてもその培養液の中には、(たまたま赤くない)種類の菌が多かったからに過ぎず、菌体数そのものは十分に増えている可能性がありますから決して粗略に扱ってはいけません。
その効果についても色合いや濃度に比例するものではありません。あなたが真っ赤なものを増やしたいのであれば、できあがった少しでも赤みの濃い培養液を 次の種菌 として培養を繰り返して行けば、徐々に真っ赤なものの比率が高まるはずです。
PSBの種類によって好みの餌は異なる
右の表は素人の私たちが最も培養対象とするであろう紅色非硫黄細菌が餌として利用する化合物への好き嫌いを一覧にしたものです。
PSB研究の第一人者であられた故小林達治先生の著書「光合成細菌で環境保全」からの抜粋です。著作権の関係もありますので、PSBの具体的な種名はアルファベットに省略してありますが、同じ紅色非硫黄細菌の中でも餌の好き嫌いがあることは一目瞭然で、用いる培養餌料によって増やせるもの、増やせないものがあることをご理解いただけると思います。
私たちがPSBを培養するに当たってまず用意するものは培養のターゲットとする「種菌」と呼ばれる菌液です。種菌の中にはおそらく数種類あるいはそれ以上の多種の菌株が混在し、PSB以外の他の菌種、ひとまとめに雑菌と呼ばれるものも混じっているものと考えられます。それらが同一の培養餌料で増殖をする過程で、当然餌料との相性つまり好き嫌いによって増えやすかったり増えにくかったりするケースが出現するものと思わなければなりません。つまり餌の種類によって同じ培養条件でも優先的に増えるものが現れる可能性があることを意味します。
具体的な例を挙げさせていただきます。人間のサプリメントであるエビオスという健康補助食品を用いてPSBを増やす方が少なくありません。
そのこと自体には何の問題も無いのですが、増やそうとする菌株によってはエビオスを餌として利用できない事態も起こりえるのです。
知り合いのところではエビオスで増やせているのに、どうして私のところではうまく増えないのだろうかという素朴な疑問に悩まされた方は少なからずいらっしゃいます。エビオスが悪いのでもあなたのテクニックがつたない訳でもありません。
その要因は種菌として用いた菌液の中にエビオスを餌として増殖できる菌株がいなかったからに他なりません。エビオスはビール酵母が主成分ですので、それを餌として活用できない菌株にとっては餌の意味を持ちません。
表に戻ってください。下から5行目に酵母エキスと書かれています。エビオスの主成分であるビール酵母に含まれる成分に近いものとご理解下さい。AからPまでの菌株のうちAを除いて多くの菌株が+(利用する)となっていますが、Aだけは-(利用しない)となっているのがおわかりになると思います。つまりあなたが用意した種菌の中にはAもしくはAに近い菌株が多かった為、エビオスは餌として使われなかったのです。
あなたが失敗した培養器の中に弊社の ふやしてPSB を数滴落とせば、あら不思議PSBは増え始め、培養液の色合いは濃くなるはずです。これはエビオスが駄目でふやしてPSBが優れているということでは無く、たまたまあなたが用意した種菌の中にはふやしてPSBとの相性の良いものが混じっていたことを意味します。ふやしてPSBはエビオスよりも広い範囲の餌料成分を持っていますので、増やせるPSBの種類も多いのです。
嫌気性細菌なのにどうして好気の環境で生きて行けるの?
PSBは基本的には酸素を嫌う 嫌気性の生き物 です。彼等は酸素が全くなかった頃の太古の地球に生まれ、酸素が出現したその後の地球環境でもしぶとく生き抜いてきたつわものの末裔で 古細菌 と呼ばれる仲間に分類されます。細菌という名前は付いていますが、厳密な意味では菌類(真菌)や細菌(真正細菌)とは異なるグループに属します。
酸素のない時代に誕生した古細菌達にとって酸素は猛毒として作用しました。現在で言う「活性酸素」の弊害を思い浮かべてください。地球の歴史の中で、酸素を作り出す光合成生物 の出現によって地球上には徐々に酸素が増え続けたのですが、PSBは様々な手段を駆使して有害な酸素の脅威をくぐり抜ける術を身につけました。
その一つが 共生 という生き方です。PSBは酸素を好む好気性の細菌とペアを組むことがあります。本来は呼吸のメカニズムが正反対の生き物同士ですから、うまく寄り添うことは難しいはずなのですが、みごとにその矛盾を克服しています。
他の菌との共生でパワーアップします

PSBは単独でいるよりも他の菌と共生した方が力を発揮します。
枯草菌(バチルス菌の一種)や納豆菌と共生すると、有機酸やエネルギー(ATP)をやりとりしながら大気中の窒素を固定します(窒素肥料を作り出します)。これは地球上の有機物生産には極めて重要なことで、菌類が作り出す窒素化合物が全ての動植物の一番最初の栄養素となって彼等の生命を支えることになるからです。
PSBの体内にも当然窒素化合物(タンパク質)はあるのですが、PSBを耕作地に撒くと、PSBの体内成分以上の窒素肥料を投入したと同様の効果が得られるのはPSBが他の菌と共生して窒素固定をするからです。
中でも堆肥などに良くいるバチルス・メガテリウムと共存したときの窒素固定力が一番高いとされています。
乳酸菌と共生しても窒素固定の力はアップします。
酵母菌や納豆菌と共生すると酸素があっても増殖します。
紅色硫黄細菌は非硫黄細菌に比べて溶存酸素の存在にはより敏感で、少しでも酸素があると増殖や窒素固定ができませんが、近くに酵母菌(好気性菌)がいると増殖します。酵母の周りでは酸素が消費されて嫌気状態になるためだと言われています。このときのPSB
はボヤっとした紫色になります。
PSBの色は赤味が濃い方が良いと思われがちですが、効果と色との因果関係はありません。また納豆菌の場合は体の周りに粘液物質を出して嫌気状態を作るので、そこでも増殖ができます。
放線菌を増やします
PSBは畑にまくとやがて死んでしまうのですが、彼らの死骸をエサに
放線菌 と呼ばれる菌群が良く増殖し、作物に病気を引き起こす悪玉菌のフザリウムを抑制します。PSBは死んでも役に立つのです。
放線菌が増えると草花や作物は病気になりにくくなります。つまりPSBを耕作地に撒くと、PSBの体内成分が肥料として取り込まれるばかりでなく、二次的な効果として作物が健康に育ち収穫量が増えるのです。
昔から 労咳や肺病 の名で日本では不治の病と恐れられていた 肺結核 の特効薬として戦後の日本人の平均寿命を延ばしたのは、 ストレプトマイシン という抗生物質でした。
これは放線菌の一種である ストレプトコッカス という菌株から作り出されたものです。
また私たちの腸内細菌の中で有名な ビフィズス菌 という名前をご存じの方は多いと思います。ビフィズス菌が増えると腸内環境は改善されます。私たちの健康とビフィズス菌の生息密度には大きな因果関係があるようなので、皆さんも一生懸命ビフィズス菌を増やそうと努力をされていますよね。
実はビフィズス菌も放線菌の親戚のような仲間として分類されています。
水槽環境を維持している微生物の世界と腸内細菌はなぜか共通するものがあるようです。
もし水槽の中に放線菌やビフィズス菌のような存在があるとしたら、それは水槽環境の維持や飼育生物の健康と密接な関係を持っているような気がします。
PSBは自らの新陳代謝によって水槽の環境改善に貢献することもさることながら、死してなお彼等の体内成分が、水槽内で有益な働きをしてくれる他の微生物群の増殖や活性と因果関係を持っていることが想像されます。
それこそが水槽にPSBを投入することの意義なのではないかと考えることがあります。
インドでは伝承医療の一つとしてPSBをワインで割ったものを飲む慣習があるそうです。命に関わるような病気になり、他に手段がなければ人間はわらにもすがる思いでかなりの無理をするのかも知れません。
あなたは光合成細菌を飲む勇気がありますか?
PSBの効用
PSBを池や水槽に入れるとなぜか様々な良い結果が起こります。それはなぜでしょう?
PSBは自然界では田んぼや下水、ドブや 今では死語となってしまった肥溜め などに棲んでいます。
彼等の餌は有機物、特に有機酸、脂肪酸、硫化水素など悪臭物質として私たちからは嫌われるものが多いです。
PSB自身が臭いのに臭いものが好きなのかと不思議に思われるかも知れませんが、PSBの培養液が発するあのすさまじい悪臭は、実はPSBが出しているのではなく、PSBと一緒に増えた他の雑菌群が作り出したものだということを知っておいてください。PSBは決して臭い菌ではありません。
私たちが悪臭と感じるものの多くは、水中で生活する様々な生物にとってもあまり歓迎されることのない厄介者に分類されます。ところがこれらの物質はPSBにとってはどうやら願ってもないご馳走のようなのです。
神様はこの辺の食物循環をとても上手に考えてくれています。
陸上でも豚舎や鶏舎のように近隣から悪臭の苦情が絶えない施設においては、PSBの菌液を直接散布したり、飲み水に混ぜたりして用いると、明らかに悪臭対策の効果が上がることから、コストパフォーマンスの良い対策グッズとしてPSBは重宝されています。
またこれからの世の中において必須とされる環境保全の分野においてもPSBの活用方法が解明され、様々な現場に導入され始めています。
水槽内の底砂の部分には硝化菌以外の様々な微生物や原生動物なども棲み着いています。そこでは硝化は元より、その前段の有機物分解から最終工程である脱窒までかなり多彩な生物反応が繰り広げられています。ある意味では水槽内の物質循環の最前線という重要な役割を担っています。
その住人の多くは 有機物を餌とする従属栄養 の生活をしています。水槽に投入されたPSBは単独であるいは彼等と共生関係を構築して物質循環の一翼を担う存在となります。また役割を終えたPSBの死骸は彼等の餌として取り込まれ、その活性を高めたり増殖を促す資材としても活用されるはずです。
ちなみにPSBの体内に含まれるビタミンB12という成分は生物界の中で最も含有比率が高いもので、ミジンコの増殖には欠かすことのできない物質とされています。ミジンコの培養にチャレンジされている方にはPSBは必須の添加剤となります。
PSBはアンモニアを食べるのか?
弊社で販売している 粉末タイプのふやしてPSB には原材料の一つとして
塩化アンモニウムが入っています。
それはPSBの培養に際してアンモニアが餌として重要な成分の一つだからです。
もちろん塩化アンモニウムが入っていなくてもPSBを増やす餌を作ることはできるのですが、培養対象とするPSBの多くがアンモニアを好んで取り込むことが知られていますので、より広い範囲のPSBを増やすためには欠かせない材料の一つとして調合しています。
PSBは硝化菌の代わりになるのか?
PSBがアンモニアを食べる事は間違いないのですが、その量とPSBの菌体数との関連がありますので、単純に硝化菌の代役が務まるというような結論は出せません。
本来ならば硝化菌の一つである アンモニア酸化細菌 が一手に引き受けていたアンモニアの分解のお手伝いもできるくらいに考えておけば良いのではないでしょうか。
PSBを入れればアンモニア酸化細菌は不要と考えるのは少々飛躍しすぎです。
何かの事情でアンモニア酸化細菌の活動が鈍って、通常は起こりえない飼育水へのアンモニアの増加が認められるような緊急事態には、硝化細菌の復活を待つ間、助っ人としてPSBに働いてもらうという程度の期待であれば問題はないと思います。
同様に水槽立ち上げ時の熟成期間中にはアンモニア酸化細菌がまだ十分に増えておらずアンモニア濃度の高い危険な時期がしばらく続きますので、そんな時にPSBにお手伝いを願うのも良いでしょう。
初期餌料としての価値
光合成細菌は、サイズが1〜2μmと非常に小さく、稚魚や稚エビが摂取しやすい形をしています。
また、アミノ酸・核酸・ビタミンなどを豊富に含み、消化吸収率が高い天然栄養源としても知られています。
その存在自体が他の微生物を育む土台にもなり、自らが生産する有機物やアミノ酸は、水中の微小なプランクトンや原生動物を育み、「稚魚が食べることのできる小さな餌」を増やす働きも持っています。
つまり、光合成細菌は“餌をつくるための餌”というもう一つの顔を持っているのです。
アクアリウムでは、光合成細菌は「水質を整えるバクテリア」としてだけでなく、生体にとっての直接の“初期餌料”としての役割を果たすと同時に、間接的には彼等を餌として取り込み生息密度を上げた微細な生物たちも幼い命をつなぐ貴重な初期餌料となります。人工餌料につなぐまでのわずかな期間ではありますが、この初期餌料の有無によってメダカの生残率は大きく左右されることになります。
メダカの卵は取れるのだけれど孵化した稚魚がいつの間にかいなくなってしまうとお悩みの皆さんは、PSBを投入することでいともたやすくその課題をクリアーできるかもしれません。
光合成細菌がつなぐ命の連鎖
光合成細菌は、光を使って栄養をつくるだけでなく、その栄養を他の生物へとつなげる“命の仲介者”として存在しています。自然界では物質循環の要として、そしてアクアリウムでは初期餌料や水質浄化の担い手として、この小さな細菌は驚くほど多面的な働きを見せます。
アクアリウムという限られた環境の中でも、光合成細菌を上手に活かすことで「自然の循環」を小さな水槽の中に再現することができます。それは、単なる飼育を超えた“生命のつながり”を感じる瞬間でもあります。


