腸内細菌は見えないエンジニア?
2025/12/01
微生物という「見えないインフラ」
私たちの腸内、森の土壌、そしてアクアリウムの水槽。
一見まったく別の世界に見えるこれらは、実はすべて「微生物による環境構築」という共通点でつながっています。特に腸内細菌は、人の健康だけでなく、現代生物学・生態学の中でも重要な位置づけとして語られる存在です。そして驚くべきことに、その働きにはアクアリウム管理にも通じる生化学的メカニズムがあります。
腸内細菌と人類──生化学が解き明かす古くて新しい共生関係
■腸内細菌との付き合いは「人類誕生以前」から
腸内細菌は約38兆個ともいわれ、それらは人類の祖先がまだ原始的な哺乳類だった時代から共生していました。
今回は腸内細菌について順を追って再度検証を加えてみたいと思います。
1 腸内細菌とは何か
2 腸内細菌は腸内で何をしているのか
3 私たちは腸内細菌をどのように獲得するのか
4 腸内細菌への期待
腸内細菌とは何か
私たち動物の消化器官の中には膨大な数の微生物が棲みついています。
そしてそのことによって様々な恩恵に預かっている実態があります。
それは人との共生関係と言ってもおかしくありません。
近年それらの因果関係が解明されるに従って、重要性や関係構築に当たっての様々な示唆がなされるようになりました。私たちの健康を司るメカニズムの多くに腸内細菌が関わっている実態を知るにつけ、従来の常識や先入観が覆されることには驚かされるばかりです。
腸内細菌の分類
腸内細菌に大まかな区別をするとすれば、
健康に寄与するとされる 善玉菌
健康を阻害する 悪玉菌
状況によってそのどちらかに与する 日和見菌
の3つのグループに分けられます。
もちろん私たちの社会の中で意味するところの善悪とは必ずしも一致するわけではありません。悪玉菌が悪さばかりでは無く、場合によっては善玉菌に近い善行をなすこともあるからです。とりあえずのグループ分けとでも思って下さい。日和見菌が善玉菌や悪玉菌の仲間となるところなどは、メディアの報道に踊らされることの多い私たち人間の世界にも通じるものを感じます。
いずれにせよ、善玉菌優性の腸内環境を維持することが健康保持の条件となっていることに異論はありませんので、そのための知識を得ることが長生きの秘訣になるのだと考えます。
腸内細菌はどのような善行をなすのでしょう
「善玉菌」とは、皆さんが良く耳にする乳酸菌とかビフィズス菌など、
腸内で体に良い働きをする細菌群を指す呼び名です。増殖に伴って彼等が放出する酸性物質により腸内環境を酸性に保つことで悪玉菌の増殖を抑え、消化吸収を助け、免疫物質やビタミン群を作り出します。善玉菌が優勢な腸内環境は、便通を良くし、病原菌からの感染予防にも繋がります。
「悪玉菌」とは、ウ○コが臭い原因を作る菌群です。彼等はタンパク質や脂質を分解してアンモニアや硫化水素などの有害物質を生成し、便の臭いを強くしたり、便秘・下痢を引き起こしたり、肌荒れや老化、がんのリスクを高めたりする腸内細菌を指す呼び名です。ウエルシュ菌やブドウ球菌などが代表的です。これらは、体調不良の原因になる一方で、肉などの消化にも必須な存在であるため、ゼロにするのではなく増やしすぎないことが健康の鍵となります。
「日和見菌」(ひよりみきん)とは、医学用語ではない俗称です。善玉菌や悪玉菌は知っているけれど、日和見菌については良く知らないという人も多いのではないでしょうか。腸内にあって善玉菌でも悪玉菌でもない中立的な腸内細菌を指す呼び名です。腸内環境(善玉菌・悪玉菌のバランス)によって善玉菌の味方にも悪玉菌の味方にもなります。腸内細菌の約7割を占め、善玉菌が優勢ならおとなしく良い働きをしますが、悪玉菌が増えると悪玉菌に加担して有害物質を増やすため、腸内環境を整え善玉菌優性にすることが健康の秘訣となります。
バクテロイデス、大腸菌(無毒株)、連鎖球菌などが該当します。
腸内細菌は腸内で何をしているのか
腸内細菌は、食物繊維の分解による 短鎖脂肪酸(エネルギー源、免疫調整)の生成、ビタミンKなどの必須栄養素の合成、病原菌の増殖抑制、免疫細胞の活性化、そして腸の蠕動運動の促進など消化吸収の補助から免疫生成、生活習慣病予防まで多岐にわたる役割を担い、健康維持に欠かせない共生関係を築いています。

善玉菌によって作り出された乳酸や短鎖脂肪酸などは腸内を弱酸性に保ちます。腸内が酸性に傾くと、悪玉菌は増殖ができなくなり、毒性物質が作られなくなります。また、外から入ってくる悪玉菌のほとんどはアルカリ性の環境を好むため、仮に腸内に入って来たとしても、酸性の環境を維持していれば、悪玉菌は死んでしまうのです。
一方、悪玉菌には悪いイメージがありますが、私たちの身体に大切な働きをしてくれる必要不可欠な存在でもあります。その働きは、肉類などのタンパク質を分解して、便として処理排泄するという動物にとってなくてはならないものです。
腸内細菌は、数百種類に分かれ、約100兆個いるといわれています。
これらの細菌は、その種類ごとに集団を形成しながら住み着いています。その様子がお花畑のようなので 腸内フローラ と呼ばれることもあります。また、菌同士がばらばらでいたり、連なっていたりして、集団の形もさまざまです。腸内細菌は、小腸から大腸まで、自分の住みやすい場所に分布しています。
消化液が多い胃や十二指腸では菌が少ない(1グラムあたり1万個以下)ですが、それより先の小腸(空腸~回腸)になると、1グラムあたり1000万個以上の菌が見つかるようになります。位置的にみて、小腸には空気(酸素)が存在しやすいので、酸素の有無に関係なく生育できる細菌(通性嫌気性菌)の乳酸捍菌が多く住み着いています。盲腸から大腸になると、殆ど無酸素状態になり、酸素の嫌いな細菌(偏性嫌気性菌)が爆発的に多くなり、1グラムあたり1000億個に近づきます。ビフィズス菌は偏性嫌気性菌の代表であり、同じような性質をもつ菌としてバクテロイデス菌やユウバクテリウム菌なども有名です。
短鎖脂肪酸を獲得するには
短鎖脂肪酸は腸内細菌が食物を分解する過程で作り出するもので、その原材料はもっぱら食物繊維であることが解明されています。私たちの食べ物に対する栄養成分としては、タンパク質、炭水化物、脂肪の3大栄養素が知られていますが、それにビタミンとミネラルを加え、6番目の栄養素 と呼ばれるようになったのが食物繊維です。
食物繊維とは、人の消化酵素で分解・吸収されない食品中の成分の総称です。水溶性食物繊維(糖質や脂質の吸収を穏やかにする)と不溶性食物繊維(便のかさを増やし腸の動きを助ける)の2種類に大別され、便通を整えるだけでなく、短鎖脂肪酸の原材料ともなり生活習慣病の予防・改善にも役立つ重要な栄養素です。
私たちは腸内細菌をどのように獲得するのか
とても素朴な疑問です。
胎児は母体の中にいるときは無菌状態で育ちます。
出産によって産道を通過する際に、まず最初の腸内細菌との出会いがあります。
お母さんの持っている菌類との接触です。
この機会は大変に重要なもので、本来は出産に伴い母親やその周辺の、ある程度汚い環境に放り出されることによって、雑多な菌類が乳児の体内に入ります。これは不潔とか清潔とかそういった概念では評価できない人類の歴史が始まって以来の 正しい営み であり、 必要悪 なのかも知れません。
一方妊娠期間中に母胎が何らかのウイルスや細菌に感染すると、それが胎児にも引き継がれてしまい、重篤な症状を示す事態も起こり得ます。出産を控えたお母さんは極力外部からの感染に注意を払わなければならないことは言うまでもありません。
母子の間には血のつながりもさることながら、 菌のつながり といえるようなものもあるのです。
ところが近年の出産は非常に清潔な環境で分娩されるため、雑菌にまみえることなく保育箱に収容されてしまいます。重篤な症状が危惧される母子感染を予防する意味では必要な処置なのでしょうが、そのことは腸内細菌一式を母親から受け取ったり、命に関わらない程度の病原菌に感染する機会が失われ、免疫の獲得が不十分となるケースにもつながります。帝王切開で生まれたお子さんは通常分娩に比べて、人生のスタートラインの時点で貴重な免疫を獲得する絶好の機会を失っていることにもなります。
パンダもコアラも生まれたての子供は母親の便をなめます。
まさに腸内細菌のダイレクトな受け渡しです。
そのことによってパンダは消化の悪い笹の葉を、コアラは毒性のユーカリの葉を食べられるようになるのです。
動物には便を汚いと思う余計な知識がないのでしょうな。
大人に比べて抵抗力のない乳幼児は、なるべく清潔な環境において悪い病原菌から距離を置いてやった方がいいだろうと私たちは考えがちですが、どうもそのような思いやりは当の子供達の将来にとってはかえってマイナスになる場合があるのかも知れません。お母さん、赤ちゃんを健康に育てたいなら、あなたのウ○コをなめさせなさいなどとは口が裂けても言えませんけどね。
腸内細菌の意味するところ
人間の体は菌まみれであればあるほど免疫の獲得には有利になるように作られているようです。
先進国ではきれいな水、きれいな食品、あふれかえる抗菌グッズに囲まれて、雑菌に汚染される機会が減っています。ところが世の中が清潔になればなるほど、これに反比例するようにアレルギー疾患の患者は年々増加し続けているというおかしな実態があります。
最新の研究では、 環境の衛生環境の向上とアレルギーの増加との因果関係 を専門家は「衛生仮説」と呼ぶようになりました。
衛生仮説の考え方では、特に乳幼児期に 様々な細菌に感染することが重要 だとされています。
人の免疫は良きにつけ悪しきにつけ細菌に感染することで獲得されますが、その経験が少ないと免疫の発達が不十分なため、ちょっとしたことで重篤な症状に陥ったり、アレルギーが出てしまうのではないかと推測されています。細菌類が全くいないクリーンルームで育てられた 無菌マウス は大変に脆弱で、ほんの些細な感染症で簡単に死んでしまいます。私たちは無菌人間であってはならないのです。
近年、日本人が東南アジアやアフリカなどの、衛生環境が整備されていない地域に行く機会が増えています。
当然のことながら、現地には日本では遭遇をしたことのない未知の細菌(感染症)が待ち構えています。
その結果大切な使命を帯びて現地に渡った日本人の多くが重篤な症状に倒れ、目的を果たせずに撤退を余儀なくされるケースが増えているそうです。
特に若い世代にその傾向が顕著だといわれています。
不思議なことに、体力的には彼等に劣るはずの戦後生まれの高齢者には発症しない病気に若者が負けてしまうのだそうです。これは若い世代の持っている免疫システムが脆弱だからではないかと考えられます。
同じ病原菌には老いも若きも感染はするのでしょうが、次のステップである 発症する かどうかはその病気に対する免疫が機能するかどうかで決まってしまいます。
つまり若い世代よりも老人世代の方が 多様な免疫 を持っており、たまたま感染した現地の病気にうまく対応できたということのようです。
昭和24年生まれの私ですが、幼少のみぎりを振り返ってみると、泥まみれくそまみれでいつも腹を空かしていたような気がします。風呂も三日に一度銭湯に行くのがせい一杯の贅沢で、衣類も数日着続けるのが当たり前でした(同級生も皆そうでしたよ)。
小学校の中途で始まった学校給食も毎日おからやひじきばかりで、いまだにそれらは私の食材へのトラウマになっています。先日孫の小学校で催された「おじいちゃんおばあちゃんに給食を食べてもらうイベント」で今の小学生の献立を知る機会がありましたが、まるで夢のようにおいしいご馳走ばかりでした。
今の子供達に比べると随分と劣悪な環境と質素な食材で育てられた私ですが、この十数年血糖値こそやや高いものの、インフルエンザにはかかったことがありません。
私より五つ若い女房殿も同様で、娘夫婦や孫達がしばしばはやり病につぶれることを、何か別世界の出来事のように眺めていることがあります。
強い人間とは何か。
腕力があって喧嘩が強いという意味ではありません。私たちは常に外部からの様々なストレスにさらされています。精神的なものもあれば、命に関わる細菌やウイルスによる感染症もその一つです。
神様は様々なストレスに負けない対応力を生き物に与えてくれました。
その一つが免疫システムと呼ばれるもので、その多くは腸内の細菌が関与して作り出されています。私たちが長い人生を生きて行くためにはとても大切な生体のメカニズムです。
ところがこの素晴らしい防御システムが持つ唯一のウイークポイントは「感染する」という経験則からしか得られないものだということです。もちろん予防接種という人為的な感染方法もあります。
まるで人生そのものではありませんか。失敗は成功の元、挫折を知らない成功者はいない、その他色々な格言がありますが、人間とは痛い目に遭うたびに学習し、次の壁を乗り越える知恵と術を獲得する生き物なのです。
泥にまみれ、大家族で雑多な人々と菌の交換をしながら育った田舎の子供は、アスファルトによって泥に触れることもなく、空気清浄機の前で育った都会の子供よりもアレルギーが出にくいとか、0歳保育で保育園に預けられた子供は、他の子供達との雑菌の交換が頻繁にあるため、軽い感染症には掛かりやすいが、重篤なアレルギー症状は出にくいとか、日本の伝統的な発酵食品を食べない子供は腸内細菌の組成が外人のようになっており、日本の風土ではアレルギーが出やすいとか、そういった疫学調査結果はいくらでもあるようです。
後天的な免疫の獲得(様々な菌との邂逅)
私たちは長い人生の中で多種多様な菌群と接触する機会を持ちます。そのうちのいくつかは重篤な症状を引き起こすウイルスや病原菌であるかも知れません。そして多くの場合そこで被った身体的なダメージを克服して平常の生活に立ち戻ることができます。体内に備わった様々な対抗手段を総動員して立ち向かった結果です。快復は対峙した病原の有害性を克服したことを意味します。人体はそれに要したあの手この手の対応策を処方箋として記憶に留めます。この処方箋の数が多ければ多いほど大事に至らずにやり過ごせる病気の種類も増えます。分厚い処方箋の束を持つためには、より多くの感染経験をしなければなりません。その経験は、次に同じような病原と出会ったときのダメージを軽減させるための必要悪なのです。
アクアリウムにおける腸内細菌
私たち陸上生物と同様に、水中に生活する魚介類も常に病気の脅威にさらされています。
そこには病気の原因となるウイルスや病原菌、寄生虫などが介在することになります。魚介類においても有機物を捕食する栄養形態をとる限り、人間の腸内細菌の働きに似た免疫機構を持つであろうことは想像できます。
ただし、免疫のメカニズムは生物の進化に伴って発達してきたという大前提がありますので、おそらく水棲生物群の持っている免疫機構は人間のそれには若干及ばないのではないかと想像します。
いずれにせよ、生物と病気との関わり合いにおいては免疫等による自己治癒能力の強弱によって、場合によっては全滅に近い大量斃死を引き起こす可能性もあるわけで、アクアリウムの管理者としてはそのような事態を極力避けるよう努力を強いられることになります。
人間の腸内細菌が食物繊維の摂取により健全な腸内環境を維持し、病気への抵抗力を高めていることはすでに解説しました。私たちの管理下にあるアクアリウムにおいても同様の因果関係が展開されるであろうことは予想されることですので、そのための具体策を知っておく必要があるように思います。
私は学生時代、三浦半島の城ヶ島にある神奈川県の水産試験場で卒業論文のための実験用フィールドをお借りしていたことがあります。同場には中庭ならぬ中池があり、マダイやハマチが群れ泳いでいました。三浦半島と言えば大根とスイカです。夏になるとスイカのもらい物が回ってきます。そのスイカのかけらを池に放り投げるとどうなると思います?まるで気が狂ったように魚たちがスイカをむさぼり喰うのです。魚もスイカを食うのかと驚かされました。そういえば黒鯛釣りの餌にスイカを使うと言うことを聞いたような気もしますので、赤い方のマダイがスイカを食ってもおかしくはないかと変に納得したのを思い出します。
弊社の水槽ではメダカやシュリンプ類にクロレラを与えています。毎日ではなく、
一定の間隔をあけているのですが、その間隔が長くなるほどメダカは待ちかねたように群がってついばみます。おそらく本能的に 緑(食物繊維) を欲するものがあるのでしょう。メダカの腸内環境にも人間に近い消化メカニズムがあり、短鎖脂肪酸の恩恵に浴しているものと思われます。
それがメダカの免疫を強化し、健康維持に寄与しているのであれば通常の人工餌料に食物繊維を含む餌料を添えることは大いに意義のあることだと思います。植物質をメインにした餌料も市販されているようですから併用されるのも良いでしょう。もちろん弊社の商品としてもラインナップに加えていますので、気になる方は是非お試し下さい。

腸内環境を良くすれば健康で長生きができそうです。どうしたら良くなるのでしょうか?
これまで健康に大きな影響を及ぼすとされる腸内環境(細菌)の多様性を生み出すのは、ほとんどの場合食生活であろうと考えられてきました。
ところが最新の研究では食生活もさることながら、集団や仲間との交流が深く関係しているらしいことがわかり始めています。集団内での交流は、他の仲間が持っている未知の菌群を取り込むことになり、腸内細菌の多様化が促され、結果として強靱な免疫システムを獲得するという因果関係があるらしいのです。
腸内フローラは指紋のようなもので、一人として同じフローラを持つものはいません。
つまり、私たちの体内に棲み着いている1000兆個になんなんとする細菌の種類もまさに千差万別で、人それぞれ他人の持っていないオリジナルな菌を持っている可能性が極めて高いのです。それらの中にはとてつもなく優れた種が隠れている可能性を否定できません。
いずれにせよ免疫の獲得には、良きにつけ悪しきにつけ「感染」することが必要なのです。
良い腸内フローラとは獲得した免疫がより多種多様であることを意味します。
その引き出しが広くて深いほど(感染した経験が多いほど)将来起こるであろう未知の細菌との遭遇に際し、強くて柔軟な免疫機能を発揮できる可能性が高まることになります。
日頃から雑多な細菌を腸内環境に導くことには大きな意義があり、できることならば積極的に実践すべきことのようです。もちろん最悪の場合には重篤な病気を引き起こすものが飛び込む可能性も覚悟しなければなりませんが、その軽重はさておき感染という経験値は積めるわけで、その結果として次の感染時には重篤なダメージを軽減させ得る免疫を獲得するわけです。
さて私たちの腸内に飛び込んだ(取り込まれた)細菌は既存の腸内細菌の仲間入りができるのだろうか?
これは極めて難しいことのようです。
腸内細菌の多くは母親から受け取ったもので垂直感染と呼ばれる経路から取り込まれます。いわば母親のお墨付きを持って体内に入ってくるのですから、体内に定着しやすいと考えられます。
それに対し、食物や自然界、あるいは他人との交わりよって得られた細菌群(こちらは水平感染と呼ばれます)はそれなりの試練を経なければならないようです。
人間の消化管というものは人間の体内にはあるものの、消化管の内側は口から肛門までつながった一本の管のようなもので、その内部に入ること自体はさほど難しいことではありません。
ただし、その先には部外者の侵入を阻む様々な関門があり、そこを通過できたものだけに腸内細菌として生き残れるチャンスが与えられるのです。
まず口の中をはじめとして消化器官の内部には既存の常在菌が跋扈しており、彼等との折り合いを付けなければなりません。常在菌の多くは生息場所を多数の仲間で死守している先住者で、よそ者の侵入は徹底的に排除します。
そのために抗菌(抗生)物質などという飛び道具まで持っている場合もあります。
「えら、すんまへん。ちょっと通しておくれやっしゃ」
と腰を低くして挨拶しても、そうは簡単に許しは得られません。
また胃では金属をも溶かすと言われる強酸である胃液が分泌され、食物の分解をしながら食物と一緒に入ってきた雑菌やウイルスを殺す役割を担っています。
これらの関門を通り抜け腸内に行き着くには針の穴ほどの偶然や幸運に恵まれる必要があると思いませんか?
しかし実際にはなにがしかの僥倖に恵まれて腸内細菌の一員として人体に定着するものがいることも事実です。
またそれらの氏素性が日常の営みを通じて口や鼻を通過して入り込んできたものであることも分かっています。
その存在を許す判断をしたのは一体誰なのでしょうか?
私たちの腸内には飛び込んできた新参の細菌に居住許可を与えるなにがしかの許認可権を持った存在があるのでしょうか。
その昔、始皇帝が統一事業を成し遂げる前の中国の戦国時代には、食客三千人と称して君主達が才能のある人物を客として遇し、客は君主に恩を返すべくその才を提供するといった故事がありました。
才にも色々あって軍事や政経に長じる者もいれば、鶏の鳴き真似がうまいというだけの者もいたそうです。
いわゆる 一芸に秀でていれば 食客として居候を決め込むことができたという良き時代の話です。
私たちの腸内に様々な細菌が飛び込んで来て、腸内細菌の一員としてフローラを形成することのできるものもいれば、追い出されることもなくフローラの間を泳ぎ回っているものがいる可能性も否定されることはありません。
腸内細菌の一員としてフローラを形成するものは、おそらくそれなりの良き働きをする選ばれし細菌の末裔なのでしょうが、そうでないものは何のために生き残ることを許されたのでしょう?
悪玉菌はなぜ駆逐されてしまわないのでしょうか。それはいつかは役に立つ日が来ることを見越して「それまでゆっくりしていなさい」と居候を許されたものなのではないでしょうか。
食客としてこの屋の主人、つまりあなたの腸の神様に認められたのです。
インフルエンザのごとく死者が出るような重篤な病気が流行ったとしましょう。
流行のさなかに放り出された私たち全てがインフルエンザの症状を示す訳ではないことを皆さんはご存じです。
つまりおそらく私たちのほぼ全員が感染はするのですが、病気の症状を示す「発症」に至らない人もいるのです。
この不公平というか運不運はどこから来るのでしょうか。
それは個々が持っている病気への耐性、つまり免疫の違いによるものだと考えられます。
今年のインフルエンザは香港A○○型だとします。
はじめてこのウイルスに感染した人は発症する可能性が高いはずです。
ところが実は30年前に香港A◎○型に掛かったことのある人は、その時に獲得した免疫が○○型にも有効であるならば発症に至らない、もしくは症状が軽くおさまるのです。
つまり私たちの体内にインフルエンザのワクチンの処方箋のようなものがまさに記憶として残されており、引き出しの奥からそれを取り出すことができれば、急きょワクチンもどきの免疫を発動させることができるのです。
良きも悪しきもひっくるめて、より広範な細菌群に遭遇することをお奨めする意味は、発症しなければなお幸いではあるものの、取りあえず感染という経験値を積んでおけば、それに対抗する免疫機能の処方箋が書き出され、引き出しにしまっておくことができるということのようです。
処方箋の枚数は多ければ多いほど良いのです。
腸内細菌がいなくなることはないのでしょうか
実は腸内細菌が一気に大量に放出されることがあります。
皆さん下痢ピーになったご経験をお持ちのことと思います。
あれは消化器官の中に進入した「何かやばいもの」を手っ取り早く体外に放出する人体の反応です。
食べて間がなく、胃袋の辺りをさまよっているときは「おう吐」という形で口から吐き出します。
こちらはゲロピーです。
胃を過ぎて腸内に移動してしまった物は下から出すしかありません。その際、これまで役立っていた腸内細菌も、そうでない細菌もみんな道連れにして放出します。そうしないと「やばいもの」を完全に排除することが出来ないからです。このフローラはすごく良い仕事をしていて日頃から体のために役立っているので、どうかお目こぼしをと懇願しても駄目なのです。
「あきまへん!皆さん全員出ていっとくれやす!!」と尻をたたかれるのです。
これがまず一つ目の放出。

もう一つは皆さんご存じの「抗生物質」が引き起こします。
「抗生剤」と呼ばれることもありますが、私たちの体内外に棲みついている常在菌はよそ者の細菌の侵入を阻止する物質を作ります。その抗菌作用を活用したものが「抗生物質」です。
抗生物質の発明によって多くの人命が死病や重大な感染症から救われた歴史があります。人類にとっては偉大な発見でした。
私たちは抗生物質に最大限の感謝をしながらこれからも使い続けることでしょう。近年抗生物質が効かない耐性菌が問題視されるようになっていますが、その話題はまた別の機会に触れることにしましょう。
一般論として抗生物質は特定のターゲットにだけ作用するのではなく、それらを含めた広範囲な細菌をことごとく追い払うためのものです。これが一定量、一定期間人体に投与されると、目的とする病原菌のみならず、腸内細菌を含めた他の常在菌群も殺されたり弱らされたりするので、腸内にとどまる力を失い、体外に排泄されてしまうのです。
医師の処方する抗生物質を宝物のようにありがたがる方達がいますが、これは自分の体内に共生している、当人にとっては強い味方であるはずの貴重な腸内細菌、腸内フローラを壊滅的に破壊することと引き替えに行われる医療行為であって、まさに両刃の剣、苦肉の策でもあるのです。
でも大丈夫、下痢ピーになっても抗生物質を投与されても、あなたの腸内細菌は必ず復活するのです。
しばらくの間菌の数は減るかも知れませんが、すみやかに元の賑わいを取り戻すのです。
腸内細菌の多くが排除されると、常在菌であった彼等が不在となるわけですから、よそ者が侵入しやすくなります。口から入った腸内細菌の予備軍は既存の腸内細菌による排除機能が弱まっていることから、腸内に定着できる可能性が高まります。なにしろ腸内に隙間なくできあがっていた腸内フローラの大部分がなくなってしまったのですから、その跡地がいっぱいあるのです。終戦後の焼け野原にバラックを建てるようなものです。
注意しなければならないことは、腸内細菌の密度が元通りになるまでの間は、当然のことながら従来腸内細菌が行っていた諸々の働きも減ってしまいますから、病気に対する抵抗力も弱まることになります。
ただ腸内細菌のほとんどがいなくなっても病気に対する防御機能がゼロになるわけではありません。
なぜなら免疫を作り出すための処方箋は残っているからです。
「あの先生はすぐペニシリンを注射してくれるよ」などと抗生物質を処方する医者は良い医者だ、などと評価する誤った風潮が私たちの中でまかり通った時代もありました。でもやむを得ぬ場合を除いて、抗生物質をありがたがって常用するようなまねはしない方が良いことは今や常識となっています。
腸内細菌が私たちの健康と密接な関係を持っていることが解明されつつある今日、より健康な日々を送るためには、腸内細菌に壊滅的なダメージを与える抗生物質を使わずに済むような日常の体調管理に努めましょうということに尽きるのではないでしょうか。
しかし、あなたの腸内細菌に壊滅的な事態が起こったとしても、それは決して悪いことばかりではないかも知れません。なぜならば、あなたの腸内にこれまで棲んだことのない、もしかしたらとてつもなく強力な免疫を作ってくれる 未知の新顔の菌 が飛び込む(棲み着く)可能性も増えるからです。
そのことによってあなたが将来被る重い病気のダメージを軽く済ませられ、長生きできるかも知れないのですから。
細菌は汚くない

抗菌ばやりの昨今、他人の排泄物に触れる機会などほとんどありません。
より多くの細菌と遭遇したいあなた、まず意識改革をしてください。
進んで汚いものに触りましょう(子供からその機会を奪ってはいけません)。
公衆便所は絶好の細菌収集場所です。中で思い切り深呼吸をしましょう。
つり革を汚いなんて思ってはいけません。抗菌グッズなんて捨ててしまえ!
より広い人間関係を築きましょう。それはあなたの財産にもなるのです。
握手をしましょう。できればハグしてキッスもしてしまいましょう。
腸内細菌への期待

脳の神経伝達物質として「セロトニン」の存在が知られています。じつはこのセロトニンの95%が腸内で作られているという報告があります。
腸には多くの血管や神経が集まっています。その為、腸のコンディションは全身に伝えられることになります。またどうやらその逆のパターンもあるようで、人が極度の緊張を覚えると急激な下痢や腹痛に襲われたり、旅先では便秘になってしまう人がいることなどはよく知られています。これは脳の活動が腸のコンディションをもコントロールしていることの証しです。

腸内フローラは人の性格にまで影響を及ぼす可能性があるようです。
マウスを使った実験ですが、臆病なマウスの腸内に活発なマウスの便(腸内細菌)を移植すると、臆病だったマウスが活発に行動するようになったというのです。
口八丁手八丁というものは人生における一つの才覚であり人徳として評価されることもあります。一方私たちの周りには人前に出ることの苦手な、いわゆる引っ込み思案な人もおり、せっかくの優れた性格や才能が評価されない場合があります。このような個人差が腸内フローラのもたらすものだとしたらどうでしょう?
これもマウスの実験で分かったことです。
肥満マウスの腸内フローラを無菌マウスに移植すると、移植されたマウスはそれまでと同じ食事を与えられたにもかかわらず肥満になったというのです。日々ダイエットに励む貴女、貴女の肥満体質は誰の所為でもありません。犯人は腸内フローラです。貴女が捨て去りたい皮下脂肪は、捨てても捨てても働き者の腸内細菌がかき集めてしまうのです。
そこで誰もが思い至るのは
「私の腸内フローラを変えることはできないの?」
という素朴な疑問と可能性への期待です。
腸内細菌を移植すると病気が治る
さあやっと本題に近づいてきました。
近年の腸内細菌の研究結果から、いくつかの病気と腸内細菌との関連が解明されつつあります。
自閉症やうつ病などの精神疾患、糖尿病、腸炎、アレルギー疾患などは腸内細菌との因果関係が疑われています。
医療技術が進んだ現代でも、原因や治療方法の分からない難病と呼ばれるものがまだまだ存在します。
もし難病に苦しむ患者さんの腸内フローラを変えることで症状が改善される可能性があるとすればどうでしょう。
治療方法の見つかっていない未知の病に貴方が苦しんでいるとしたら、これをどう捉えますか?
そこで近年提唱されている治療方法が「便微生物移植」と呼ばれるものです。
腸内フローラが原因と考えられる病気で苦しむ患者さんの腸内に健康な人の腸内細菌を移植するというものです。
お断りしておきますが、ウ○コそのものを移植するわけではありませんよ。
健康な人の便を溶かして濾過し、そこから抽出した腸内細菌をチューブで患者さんの腸に送り込むという方法です。2014年から日本をはじめとした世界各国ですでに試験施療が始まっており、従来の治療法では効果が得られなかった「難病」の治癒率が向上しているそうです。
さらに治療効果の認められる腸内フローラを錠剤とし、経口投与する方法も研究が進んでいます。
治療法すら見つからない様々な難病に苦しむ患者さん達にしてみれば、目の前に一筋の光明が差し込んだ思いでこの話を聞いているのではないでしょうか。
将来の医療の世界には「便微生物移植」が定着する可能性が高いと私は夢想しています。
するとそこでクローズアップされるものは、より健全で優秀な腸内フローラの模索ということになりそうです。
臓器移植で求められるドナーのようなものですが、臓器と違って提供者のフローラが減ったりなくなってしまったりすることはありませんから、おそらく提供を躊躇する人はいないでしょう。
なぜなら私たちが食事をしている限り際限なくフローラは再生されるものだからです。
「お金になるのなら是非売りたい」と提供を申し出る人が押し寄せるかも知れません。それだけに提供者の健康状態や精神の健全さなどに厳密な事前調査が求められるかも知れません。健康な人々の腸内細菌にはプレミアム付きの評価が下されると思います。
あるいは「人物」としての評価が高い人や著名人、スポーツ選手であるならば「彼のフローラなら1億払っても良い」などと相場が一人歩きを始めるかも知れません。
うちの息子に大谷翔平のフローラを入れてくれとか、私のフローラはキムタクと一緒なのとうっとりする女性も出てくるのでしょうね。
「旦那、いいウ○コの出物があるっすけどね」などと声を掛けてくるダフ屋ならぬフローラ屋などという商売が成立するかも知れません。フローラの売買で一財産作るなんて”臭い商売”が出て来るのかな?
スポーツ選手になるならばウ○コに値がつくほど有名にならなきゃ駄目だよと言われる未来が来るかも知れません。
腸内細菌について長々と述べて参りました。
まさにウン良く健康な腸内環境を構築することに成功し、スリムな体型と闊達な性格を手に入れたあなた。
血圧も血糖値も模範的な数値を誇るあなた。
あなたのウ○コにはどれほどの値がつくのでしょうか?


